- 2024.01.17
この記事では、「特許ライセンス契約のライセンシーが改良発明を行った場合について、その特許権をライセンサーに譲渡するように定めることは可能か」について、ライセンサーからのご相談にお答えします。
目次
相談事例
~A社(特許ライセンス契約 ライセンサー)より~
サプリメントなどを製造販売している当社(A社)は、XXXXというサプリで、特許Xを取得しました。当社(A社)は、技術力は高いのですが、知名度が低く、大きな販売ルートを持っていません。そこで、全国で知名度が高いB社に対し、この特許Xの発明を使用して商品を製造販売してもらい、対価を支払ってもらうことで、利益を得ることを考え、特許ライセンス契約を結ぶことにしました。
相手方(B社)でも、特許Xの発明に関連する研究はしているため、製造過程で改良を行う可能性があると思っています。
そこで、今回のB社との特許ライセンス契約で、「改良発明」について取り決めを行っておきたいと考えています。
もしB社(ライセンシー)が特許Xの発明を元にして改良を加え、改良発明を行った場合、その発明は当社(ライセンサー)の発明を元にしたものなのですから、当社(A社)にその特許権を譲渡するように定めることはできるのでしょうか。
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所の回答
ライセンサーがライセンシーに対し、ライセンシーが開発した改良技術について、ライセンサーにその権利を帰属させる義務を課す行為は、独占禁止法上の問題があるため、原則としてできません。
以下、詳しく見ていきましょう。
まずは、「特許ライセンス契約」「改良開発」について、説明します。
特許ライセンス契約とは
「特許ライセンス契約(特許実施許諾契約)」とは、特許権の保有者(ライセンサー)が、特許権を取得した発明について、相手方(ライセンシー)による実施(使用・譲渡など)を許諾する契約です。
許諾を受ける側(ライセンシー)は、研究開発にかかる時間や費用を節約しながら、特許発明を活用して新商品を製造・販売できるようになるというメリットがあります。
一方、特許権者(ライセンサー)は、ライセンス料による収入を得られます。自社が特許技術を有効活用することが難しい場合(技術、環境など)にも、ライセンス料収入を得ることによって早期に研究開発資金を回収することができます。
本事例における契約関係
改良発明とは
「改良発明」とは、自分や第三者の発明(技術)を元にし、改良を加えて成立した発明をいいます。
「知的財産の利用に関する独占禁止法上の指針(以降、「知的財産ガイドライン」と呼びます)」第3-2(2)
・・・当該技術の改良・応用研究、その成果たる技術(以下「改良技術」という。)
本事例においては、A社が保有し、B社に実施を許諾する特許Xを元にして、B社(ライセンシー)が改良を加え、新たに成立させる発明について、「改良発明」として、取り決めを行おうとしています。
「改良発明」の定義としては、上記ガイドラインに「改良技術」の定義が示されていますが、実際の契約においては、ライセンシーにより改良された技術が契約上の「改良発明(技術)」なのか、まったく新しい発明(技術)なのかが問題となることもあります。
どのような改良がなされるかは契約締結時にはわからないため、契約上「改良発明」を詳細に定義することは難しいといえますが、契約を結ぶにあたっては、当事者間でできるだけ詳細に合意を形成しておくとよいでしょう。
本事例の解説
「改良発明」について契約で定める必要性
ライセンサーとしては、ライセンシーが改良発明を行った場合、元々は自分が開発してライセンスした技術(発明)なのだから、それを元に行った発明について、自分も(できれば単独で)利用できるようにしたい。と考えることが多いと思います。
一方ライセンシーとしては、自らが改良を加えて開発した技術なのだから、自らが(できれば単独で)利用したり、第三者にライセンスして利益を得たい。と考えるでしょう。
ライセンシーが改良発明を行った場合、原則、当該発明に係る特許を受ける権利はライセンシーに帰属します。
改良発明に関して契約で定めておかなければ、ライセンシーが当該特許を取得した場合に、ライセンサーは、例えば自らも技術を改良して、特許を取得し、その改良技術を使って改良した製品を製造・販売したいと考えたり、改良発明の特許を第三者にライセンスしたいと思っても、その改良技術がライセンシーの特許を侵害する場合には、特許(技術)を自由に利用・許諾できないおそれがあります。
そこで、特許ライセンス契約を結ぶ際には、ライセンシーが改良発明を行った場合の当該特許権の帰属や取扱いについて、定めておくことが必要です。
「不公正な取引方法」として独占禁法違反となっていないかどうか
前述のとおり、ライセンシーが改良発明を行った場合の当該特許権の帰属や取扱いについて定めることは重要ですが、どんな内容でもOKなわけではありません。
今回質問者のA社(ライセンサー)としては、「ライセンシー(B社)が改良発明について特許権を取得した場合、この特許権をA社に譲渡する定めとしたい」と考えたようです。
しかし、このように、ライセンシーが改良発明を行った場合にライセンシーに何らかの義務を課したり、事業活動を制限するような定めは、その内容によっては独占禁止法違反となることがあるため、十分注意しなくてはなりません。
独占禁止法の目的は、公正かつ自由な競争を促進し、事業者が自主的な判断で自由に活動できるようにすること(公正取引委員会webサイトより抜粋)であり、独占禁止法では 「不公正な取引方法」が禁止されています(独占禁止法第19条)。
また、「知的財産ガイドライン」では、どのような制限行為を課した場合に「不公正な取引方法」にあたるかについて示しています。
本事案の「改良発明」についての取り決めが、「不公正な取引方法」として独占禁法違反となっていないかどうかが重要なポイントのひとつなのです。
改良発明に関するライセンシーの義務条項の例
ライセンシーが改良発明を行った場合に、ライセンサーがライセンシーに対し求める義務としては、下記のようなことが考えられるでしょう。それぞれの行為について、独占禁法違反の問題があるかどうか、見ていきましょう。
①アサインバック:
改良発明(特許)をライセンサーに譲渡する(本事例の場合はこれにあたります)
ライセンシー(B社)が改良発明について特許権を取得した場合、この特許権をA社に譲渡する定めとするものです。
独禁法違反となるおそれが高く、原則として認められません
②独占ライセンスのグラントバック:
改良発明についてライセンサーに独占ライセンスを許諾する
本事例に即して説明すると、ライセンシー(B社)が改良発明を行った場合、A社のみに独占的ライセンス(独占的通常実施権または専用実施権)を許諾することを義務とするものです。
独禁法違反となるおそれが高く、原則として認められません
特許ライセンス契約において、ライセンシーが改良発明をおこなった場合、その成果をライセンサーに譲渡する義務または独占的な利用を許諾する義務を課すことは、「不公正な取引方法」にあたるおそれが高いです。
ライセンシーが、改良発明等の成果を自らが使用したり、第三者にライセンスすることを制限されることは、ライセンサーの市場での地位を強化し、ライセンシーの研究開発意欲に悪影響を与え、結果的に市場における公正で自由な競争が阻害されることにつながるからです。
知的財産ガイドラインには、次のように示されています。
知的財産ガイドライン第4-5(8)ア
「ライセンサーがライセンシーに対し、ライセンシーが開発した改良技術について、ライセンサー又はライセンサーの指定する事業者にその権利を帰属させる義務、又はライセンサーに独占的ライセンス・・・をする義務を課す行為は、技術市場又は製品市場におけるライセンサーの地位を強化し、また、ライセンシーに改良技術を利用させないことによりライセンシーの研究開発意欲を損なうものであり、また、通常、このような制限を課す合理的理由があるとは認められないので、原則として不公正な取引方法に該当する」
ただし、
・改良発明が、元のライセンス発明なしには利用できないものである場合
であって、
・「相当の対価」でライセンサーに譲渡する場合
は、不公正な取引方法には該当しないとされています。
知的財産ガイドライン第4-5(8)ウ
「もっとも、ライセンシーが開発した改良技術が、ライセンス技術なしには利用できないものである場合に、当該改良技術に係る権利を相応の対価でライセンサーに譲渡する義務を課す行為については、円滑な技術取引を促進する上で必要と認められる場合があり、また、ライセンシーの研究開発意欲を損なうとまでは認められないことから、一般に公正競争阻害性を有するものではない」
しかし、「相当の対価」について明確な規定はありません。ライセンサーとライセンシーの製品市場での地位、ライセンシーの研究開発意欲に与える影響など、さまざまなことを検討し、不公正な取引方法にあたらないような定めとする必要があります。
では、以下はどうでしょう?
③非独占ライセンスのグラントバック:
改良技術についてライセンサーに非独占ライセンスを許諾する
本事例に即して説明すると、ライセンシー(B社)が改良発明を行った場合、A社も当該発明を利用できるよう、ライセンスすることを義務とするが、このライセンスは独占的なものではなく、B社は自ら利用することはもちろん、A社以外の第三者に対して当該発明の利用をライセンスすることができる定めとするものです。
原則として不公正な取引方法には該当しないとされています。ただし場合によっては独禁法違反となるおそれがあります。
知的財産ガイドラインには、次のように示されています。
知的財産ガイドライン第4-5(9)ア
「ライセンサーがライセンシーに対し、ライセンシーによる改良技術をライセンサーに非独占的にライセンスをする義務を課す行為は、ライセンシーが自ら開発した改良技術を自由に利用できる場合は、ライセンシーの事業活動を拘束する程度は小さく、ライセンシーの研究開発意欲を損なうおそれがあるとは認められないので、原則として不公正な取引方法に該当しない」
ただし、非独占ライセンスをする義務を課すものであっても、ライセンス先を何らかの形で制限するような場合は、不公正な取引方法にあたるおそれがあるので注意が必要です。(下記参照)
知的財産ガイドライン第4-5(9)イ
「しかしながら、これに伴い、当該改良技術のライセンス先を制限する場合(例えば、ライセンサーの競争者や他のライセンシーにはライセンスをしない義務を課すなど)は、ライセンシーの研究開発意欲を損なうことにつながり、また、技術市場又は製品市場におけるライセンサーの地位を強化するものとなり得るので、公正競争阻害性を有する場合には、不公正な取引方法に該当する」
上記のとおり、ライセンシーが改良発明を行った際、当該改良発明について、ライセンス先を制限せず、合理的な条件で、ライセンサーに非独占的ライセンスを行うよう定めておくことは可能といえます。
おわりに
以上のように、特許ライセンス契約で改良発明について定める場合には、独占禁止法違反とならないよう十分に注意する必要があります。どういった場合に独占禁止法違反となるかについては、ガイドラインはありますが、個々の事例によって、ライセンサーとライセンシーの市場における地位、当該発明の重要性・価値、など総合的に検討し、当該条項に正当性が認められるかどうか、不公正な取引にあたらないかどうかを十分検討し、契約条項を作成しましょう。 必要に応じて、弁護士等の法律専門家に確認を依頼しながら契約書作成や契約審査(契約書チェック・契約書レビュー)を行うことをお勧めします。
※本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
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弁護士 小野 智博弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士。
慶應義塾大学環境情報学部、青山学院大学法科大学院卒業。企業法務、国際取引、知的財産権、訴訟に関する豊富な実務経験を持つ。日本及び海外の企業を代理して商取引に関する法務サービスを提供している。2008年に弁護士としてユアサハラ法律特許事務所に入所。2012年に米国カリフォルニア州に赴任し、 Yorozu Law Group (San Francisco) 及び Makman and Matz LLP (San Mateo) にて、米国に進出する日本企業へのリーガルサービスを専門として経験を積む。
2014年に帰国。カリフォルニアで得た経験を活かし、日本企業の海外展開支援に本格的に取り組む。2017年に米国カリフォルニア州法人TandemSprint, Inc.の代表取締役に就任し、米国への進出支援を事業化する。2018年に弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所を開設。世界市場で戦う日本企業をビジネスと法律の両面でサポートしている。
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