- 2022.09.12
現代のグローバル社会で国際取引を行う際、多くのケースで利用されるのが英文契約書です。日本企業であっても海外進出を目指すなら、英文契約書に関する知識が必須といえるでしょう。
しかし英文契約書には日本の契約書と異なる特徴がたくさんあります。安全に契約を締結して海外進出などの目的を達するため、英文契約書に関する基礎的な知識を身につけておきましょう。
本稿では、英文契約書の基礎知識を専門家の観点から分かり易く解説します。海外取引を検討している場合にはぜひ参考にしてください。
英文契約に関する基礎知識
そもそも英文契約書とは~大陸法と英米法~
英文契約書は、英語で作成された契約書です。
ただし法律的に「英文契約書」という場合、単に「言語的に英語で書かれた」という意味合いだけではありません。
「英文契約書」は通常、「英米法」の考え方にもとづいて作成された契約書を意味します。
法律の考え方には「大陸法」と「英米法」の2つがあります。
大陸法とはフランスやドイツなどの大陸側の国々に通用する法的な考え方です。日本の民法も大陸法にもとづいて作成されています。
一方英米法は、イギリスやアメリカなどの英米諸国で通用する法的な考え方です。日本の民法は英米法に則っていないので、日本の契約体系とは異なる点が多々あります。
英文契約書は英米法の考え方に従って作成されるので、正確に解読するためには単に「日常英語をわかっていれば良い」というだけでは足りません。法律知識の中でも「英米法の基礎知識」が必要になります。
まずは以下の2点を押さえておきましょう。
- 法律の基礎的な考え方には大陸法と英米法の2種類がある
- 日本は大陸法を基本としているが、英文契約書では英米法がもととなっている
メールのやり取りにも要注意
現代のビジネスでは一般的にメールでのやりとりが普及しています。メールの内容も後に契約の解釈に影響を与える可能性があるので、慎重に対応しましょう。
「契約書」になる前の段階のメールのやりとりであってもお互いの権利義務の発生や変更にかかわる内容であれば、契約の解釈に影響を与える可能性があります。
英文契約書の知識がない場合のリスク
海外取引を行う企業が日々の業務でメールなどの英文ビジネス文書を処理するには英米法や英文契約書への理解が必須です。
知識不足によって不適切な対応をすると、後に相手から契約違反で訴えられて高額な損害賠償請求をされるリスクも発生します。
特に英米法では債務不履行があったときの解決方法が基本的に「損害賠償」となるので、「遅れて履行したから債務不履行責任を免れる」といった主張が通用しない可能性があります。
英文契約書の特徴
上記のリスクや基礎知識をベースとしたうえで、英文契約書の特徴を整理します。
契約の成立要件
日本における法的な考え方と英文契約書が基礎とする英米法では、契約の成立要件が異なります。
大陸法の場合には「当事者間での意思の合致」があれば契約が成立すると考えられています。つまり、話し合いをしてお互いに「この内容で契約しましょう」と合意ができれば、それだけで契約が成立するのです。契約書の作成は必須ではありません。
一方英米法の場合、単に合意しただけではなく「約因」という要件が必要になってきます。
約因とは英語で「consideration」であり、もともとは「配慮」「思いやり」「対価」といった意味合いの言葉です。
英米法では約因が契約の「成立要件」となっていて、約因が欠けるとそもそも契約が成立しません。約因とは、相手方に対する配慮規定です。つまり英米法で契約が成立するには、お互いが何らかの義務を負担しなければなりません。どちらかが一方的に義務を負担するだけの行為については、基本的に契約として成り立たないという結論になります。
英文契約書にも約因の考え方が適用されるので、海外企業と取引するときには一方的にどちらかが不利になることのないよう注意しましょう。
なお約因は「これから行うべき義務」でなければなりません。過去に実行済みの義務は約因にならないので、間違えないようにしましょう(過去の約因を「past consideration」といいます)。
約因がなく不成立になる可能性のある契約の具体例
一般的なビジネス取引では双方が何らかの負担を負うので、約因の要件を欠いて不成立になるケースは少ないでしょう。
ただし一方のみが守秘義務を負う「秘密保持契約」には注意が必要です。
契約締結前にすでに秘密情報を提供してしまっていると、その情報提供が「past consideration」となって「約因の交換がないため拘束力がない」とされる可能性があります。
このような場合には、名目のみの低額の支払いをすることによって約因の要件を満たす対策方法があります。たとえば情報提供者が相手方へ10ドル支払う、などとします。
一方のみが守秘義務を負う秘密保持契約であっても、契約後に情報提供するのであれば双方が義務を負うので約因の要件を満たします。
日本との契約内容との違い
英文契約書には、日本の契約書と比較して以下のような違い、特徴があります。
紳士条項が入っていないケースが多い
日本の契約書では、いわゆる「紳士条項」が入っているケースがほとんどです。紳士条項とは、「契約内容について疑義が生じた場合には双方が誠実に協議した上で円満に解決する」という条項です。つまり契約内容に関してお互いの意見が合わず齟齬が発生した場合には、話し合いによって解決するという内容です。
一方英米法の場合、齟齬が発生した場合に話し合いによって解決しようという考え方は通用しません。「あらゆる状況を想定し、すべての問題解決方法を契約書に盛り込んでおくべき」という考え方が支配的です。そこで問題になりそうなことはあらかじめ契約書に盛り込んでおく必要があり、契約書に記載のないことは認められません。紳士条項には意味がないので、入れる必要もなく入らないケースが多数です。
口頭証拠排除原則
英米法には、日本法にはない「口頭証拠排除原則」が適用されます。
「口頭証拠排除法則」(Parol Evidence Rule)とは、契約締結以前に口頭や書面において別の合意をしていても、それを証拠にはできないとする原則です。
つまりいったん契約書を作成すると、その契約書に書かれた事項が「全てに通用するルール」となります。英米法による英文契約書では、契約書の重要性がより高いともいえるでしょう。
あらかじめ、漏れのないように網羅的に必要事項を盛り込んでおく必要があります。
一般条項が盛り込まれて契約書が長くなる
以上のように、英文契約書では日本法以上に契約書の存在意義が重大で、詳細に定めておく必要性が高くなります。
そこで「一般条項(General Provisions, General Terms, Miscellaneous)」として、すべての契約に通用する総則的な合意事項も数多く盛り込まれるのが通常です。一般条項とは、契約の解釈や運用についてもれなく取り決めておくための一般的な内容の条項群です。
一般条項はすべての契約に通用する一般的なものであるため「パターン化」されています。
一般条項の意味内容についてはこちらの記事に詳しく説明しているので、よければぜひご参照ください。
英文契約書に記載する一般条項について|英文契約に強い弁護士が解説
債務不履行があったときの厳格責任主義
日本法と英文契約書が基調とする英米法では、債務不履行があったときの考え方も異なります。
日本法では「過失責任主義」をとっているので、不履行をした側に「故意や過失」があったときにのみ責任が発生します。不履行となったとしても、故意も過失もなければ責任を負う必要はありません。
一方英米法の場合、故意や過失などの帰責事由がなくても責任が発生します。つまり債務不履行は原則的に厳格責任(無過失責任)となり、「不可抗力だった」などの主張をしても免責してもらえないのです。
ただし英米法においても損害賠償責任を免責する法理があります。
たとえば目的達成不能(frustration:英国)や履行不能(impossibility:米国)、履行困難性(impracticability:米国)などです。
ただしこれらは大陸法の「不可抗力事由(Force Majeure)」に比べると限定的なので、同程度に広く免責されるわけではありません。
また英文契約書を作成する場合に不可抗力による免責を定めるには、あえて「不可抗力免責条項(Force Majeure)」という特約を入れておく必要があります。忘れないように注意しましょう。
債務不履行への対応は損害賠償が原則
日本法の場合、債務不履行があった場合の救済方法は基本的に以下の3種類です。
- 履行請求…債務の履行を求める解決方法です。
- 損害賠償請求…相手の債務不履行によって発生した損害を賠償するよう求める方法です。
- 契約解除…契約をなかったことにする解決方法です。
一方、英米法の場合、債務不履行があった場合の救済方法(remedy in law)は、原則として「損害賠償」となります。つまり履行請求や解除を選べないケースが多いのです。
英文契約書が基礎とする英米法では、「重大な契約違反(material breach)」がない限り解除が認められません。違反が「重大(fundamental)」であってはじめて契約を解除できる、という考え方です。そこで契約書作成に際し、契約を解除せざるを得ないほど重大な条項については、明示的に定めておく必要があります。
履行請求や差し止めが認められる場合
英米法では、契約違反があった場合の救済としては損害賠償(金銭賠償:monetary damages)で足りると考えられています。そこで履行請求や差し止めは原則的にできません。
ただし裁判になると、「救済方法として損害賠償では不適切」と考えられる場合に裁判所の裁量によって「特定履行(specific performance)」や「差止命令(injunction)」が認められるケースがあります。
以上のように、英文契約書の基礎とする考え方は英米法であり、日本法の基礎とする大陸法とは大きく異なります。英米法に対する正しい理解がないと、大きなリスクを背負うことになってしまうでしょう。
英文契約書を作成するには法律の専門家による支援が必要です。作成の際には弁護士などの専門家による契約書のレビューを受けましょう。
英文契約の種類・類型
以下では英文契約書でよくある種類(類型)やそれぞれの特徴について解説します。
国際売買契約
売買契約は典型的な取引であり、国際ビジネスで売買を行う企業も多数あります。英語では「国際商品売買契約 (Sale of Goods Agreement)」といいます。
英文契約書における売買契約では、以下のような条項をもうける必要があります。
価格条件
まずは価格条件を定めましょう。価格条件とは、対象物をいくらでどのように取引するか、という条件です。
ここで重要なのが代金決済条件です。
国際取引における代金決済方法は、主に以下の4種類です。
「信用状を使う決済」
「信用状を使わない決済」
「代金を前払いで口座送金する決済」
「商品を受領してから代金を送金する決済」
上記のどの方法をとるかで簡便さやお互いの負担するリスクが変わってきます。
契約締結の際には、上記の特徴にかんがみて代金決済方法を決定しましょう。
危険負担条件
次に危険負担条件が重要です。危険負担とは、売買の目的物が滅失・毀損した際に当事者のどちらがどういった責任を負うかを定める規定です。上記でも説明したように、英米法では目的物が滅失した場合の責任は「無過失責任」であり救済方法が「損害賠償」となるのが一般的です。
大陸法とは考え方が異なるので、特に相手方から契約書の原案を提示された場合には入念に内容をチェックする必要があります。
品質保証条件
英米法における売買取引では、たとえ商品が粗悪であっても契約書で「品質条項」がなければ代替品の請求ができません。当然のように履行請求ができる日本法と同等に考えてはなりません。
代替品の請求をするには、契約書内において、商品の品質保証などの別途の取り決めをしておく必要があります。
秘密保持契約
英文契約書で「秘密保持契約」を締結する例もよくあります。
秘密保持契約は、取引を行う際に相手に秘密情報を提供する場合、その秘密を守らせるための契約です。
たとえば商品開発を委託する際、委託先の会社へ自社の企業秘密を明かさねばならないケースもあるでしょう。そういった状況で除法漏洩されるとリスクが高いので、第三者への提供を禁止したり管理方法を定めたりする秘密保持契約を締結するのです。
秘密保持契約での約因
先にも触れたとおり、秘密保持契約では「約因」が問題となるケースがよくあります。
すでに情報を提供してしまっている場合、提供者側が義務を負わないので「約因」が存在しないとみなされてしまいます。約因の不存在に気づかないで契約書の体裁だけを整えても、契約が不成立となってしまうおそれがあります。
秘密保持契約を締結する際には、お互いに義務を負う「約因」の条件を満たしているかしっかりチェックしましょう。
秘密保持契約で規定すべき重要な条項
特に以下の3点が重要なポイントとなりますので、慎重に決定しましょう。
- 秘密情報の範囲の特定
- 秘密情報の範囲外となる情報
- 秘密保持期間の限定
ライセンス契約
契約書の類型として「ライセンス契約」も数多くみられます。
ライセンス契約とは、特許などの知的財産権やソフトウェアなどの使用を許諾して使わせる契約です。ライセンサーは自社の特許やソフトウェアの利用を相手方(ライセンシー)へ認め、相手方(ライセンシー)はライセンサーへ使用料金を支払います。
ライセンス契約では、以下のような条項が重要です。
- 許諾条件は独占的か非独占的か
- ライセンシ一には第三者に対するサブ・ライセンスの権利が認められるか
- 実施する地域的な範囲
- 実施する期間や更新の有無、条件
ソフトウェアライセンスの場合
- ソフトウェア品質の保証について
- デバッグ等の解析行為について
- ソフトウェアのコピーについて
- ソフトウェア使用にもとづいて発生した損害負担
- ロイヤルティの支払い方法
- 秘密情報の取り扱い
英文契約を締結する際に知っておくべきポイント
英文契約を締結する際には、以下の点が重要ポイントとなります。
契約書の重要性が高い
日本では契約書を作成しないケースも多々ありますが、英米法ではそうはいきません。
口頭証拠排除原則の影響もあり、いちいちすべての取り決めを契約書にしておかないと後に大きなトラブルに発展します。
契約書における紳士協定すら認められない厳格さが要求されます。
契約書の重要性が非常に高いといえるでしょう。
一般条項がもうけられる
英文契約書には一般条項のパートと個別条項のパートに分けられます。
一般条項は、どのような種類の契約書にも通用する一般的なパターン部分の条項群です。一方個別条項は、契約の個性に対応する条項です。
英文契約書は長いようにみえても一般条項部分が多いので、その部分についてはパターンを理解しておくと全体を把握しやすくなります。
一般条項について、詳細はこちらの記事をご参照ください。
英文契約書に記載する一般条項について|英文契約に強い弁護士が解説
「約因」の考え方が重要
英文契約書で日本人になじみのないのがやはり「約因」です。本稿でも何度か紹介しましたが、これを機会にしっかり意味内容を理解しておきましょう。
専門の法律家の所属していない企業で英文契約書に対応するのは困難を伴います。
契約書に署名する前に、法律の専門家による契約書のレビューを受けておきましょう。
海外取引に詳しい弁護士などに契約書のチェックを受けておけば、安心して取引ができるものです。企業法務を専門としている法律家の知識やノウハウを頼って安全な契約書を作成しましょう。
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慶應義塾大学環境情報学部、青山学院大学法科大学院卒業。企業法務、国際取引、知的財産権、訴訟に関する豊富な実務経験を持つ。日本及び海外の企業を代理して商取引に関する法務サービスを提供している。2008年に弁護士としてユアサハラ法律特許事務所に入所。2012年に米国カリフォルニア州に赴任し、 Yorozu Law Group (San Francisco) 及び Makman and Matz LLP (San Mateo) にて、米国に進出する日本企業へのリーガルサービスを専門として経験を積む。
2014年に帰国。カリフォルニアで得た経験を活かし、日本企業の海外展開支援に本格的に取り組む。2017年に米国カリフォルニア州法人TandemSprint, Inc.の代表取締役に就任し、米国への進出支援を事業化する。2018年に弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所を開設。世界市場で戦う日本企業をビジネスと法律の両面でサポートしている。
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