- 2022.05.26
企業が取引を行う際「秘密保持契約」を締結すべき状況が多々あります。
業務提携時や外注時など、相手方に自社の重要な情報を提供しなければならないケースが多いためです。取引相手において万一情報漏えいが発生してしまうと、自社にも多大な損害が発生する可能性があるため、秘密を守るために適切な方法で秘密保持契約を締結しましょう。
今回は企業が自社の利益を守るために必須の「秘密保持契約書」について、作成方法や注意点をふまえて解説します。
「自社が情報提供する場合」と「情報を受け取る場合」の両方において注意すべきポイントがありますので、ご参考になさってください。
秘密保持契約とは
秘密保持契約とは、取引相手から受け取った秘密情報を他へ漏えいしたり不正利用したりしないことを約束するために締結する契約です。英語の頭文字をとってNDA(Non-Disclosure Agreement)ともよばれます。
たとえば新規取引を行う際には、自社の内部情報を相手方に伝えなければならない場合がありえます。しかし、情報提供後、もし取引相手が自由に情報を世間に広めたり勝手に利用したりすると、大きな損失が発生してしまうでしょう。そこで秘密保持契約を締結し、情報漏えいや不正利用を禁止して情報提供企業の利益を守る必要があります。
現代の情報化社会において、情報は企業にとっての「命」ともいえます。社内の重要情報を守るための「秘密保持契約」を適切に締結することは、企業が生き残るためにもはや必須ともいえるでしょう。
秘密保持契約書を作成すべき状況
以下のような場合には秘密保持契約書を作成すべきです。
- 業務提携による商品や製品の開発
- 広告作成の依頼
- 自社内業務の外注
- M&Aを実施する場合
- システム開発、アプリ開発
- 他社との共同研究
上記以外でも秘密保持契約書が必要なケースはあります。判断に迷ったときには弁護士などの専門家からアドバイスを受けましょう。
秘密保持契約書の作成手順
秘密保持契約書は、以下のような手順で作成しましょう。
STEP1 契約内容の協議
まずは、当事者双方が話し合って秘密保持契約の内容を定めなければなりません。
特に以下のような点が重要です。
- 守られるべき秘密情報の定義や範囲、例外
- 秘密情報の管理方法
- 情報提供を受ける人の範囲
- 義務を負う人の範囲
- 複製の禁止
- 秘密保持義務が継続する期間
- 情報漏えいが発生した場合の責任
- 秘密保持についての調査や報告義務について
- 紛争が生じた場合の裁判所の管轄
STEP2 原案の作成
どういった内容にすべきかが決まったら書面に起こして原案を作成しましょう。
当事者のどちらかが作成して相手方に交付します。
どちらが原案を作成しなければならないという決まりはありませんが、自社で作成した方が有利な内容にしやすいでしょう。
STEP3 内容のチェックと修正
原案を相手方に渡すと、相手方が内容をチェックして返答をしてきます。特に問題なければそのまま双方が調印しますが、相手方に意見があれば修正が必要となる可能性もあります。
最終的に合意できるまで協議や修正を継続しましょう。
STEP4 契約書の作成と調印
契約書の最終的な内容が固まったら書面を作成し、当事者双方が署名(記名)捺印します。
日付を入れて双方が記名捺印した契約書を当事者の人数分作成し、お互いが1通ずつ保有します。
これで秘密保持契約書が完成します。
秘密保持契約書を作成する必要性
秘密保持契約を締結する際には、必ず「秘密保持契約書」を作成すべきです。
確かに秘密保持契約は、当事者が口頭で合意しただけでも成立します。しかし口頭で約束しただけでは証拠が残らずトラブルが発生するリスクが高まってしまいますので、自社の利益を守る対策として、あまりに不十分といえます。
以下で秘密保持契約書を作成しない場合のリスクをみていきましょう。
契約内容があいまいになってしまう
1つ目のリスクは、秘密保持契約の内容があいまいになってしまう問題です。
秘密保持契約では、「守られるべき情報の範囲と例外」「情報提供を受ける人の範囲」「具体的な情報保持義務内容」「期間」など、さまざまな取り決めを行うものです。契約書がなかったら、お互いの認識が合致しているかどうか、確認ができません。
契約書がないと、認識に齟齬が生じたときに解決の糸口がなく、トラブルが拡大してしまうリスクが高まります。
細かい取り決めができない
秘密保持契約書を作成すると、秘密情報の範囲や情報の受け手側、義務内容、報告や監督、期間や裁判所管轄にいたるまで、細かい取り決めができます。
細部に至るまで約束事を定めておけば、たいていの問題は契約書に従って解決できるものです。
一方、契約書がなかったら細かい取り決めをするのは困難となるでしょう。
争いが生じやすくなって解決方法を見いだせず、トラブルが大きくなってしまうリスクが発生します。
相手方が漏えいしても責任を問えない
情報提供側にとって、契約書の作成は極めて重要です。
契約書がなかったら、提供した情報を相手方が漏えいしてしまうリスクが高くなってしまうためです。相手方としては「秘密保持契約を締結していない」「一応の約束はしたが、今回の漏えいについては義務の範囲に入っていない」などと主張する可能性が高いでしょう。
もしそのような事態になれば、自社の重要な情報を漏えいされたにも関わらず相手方の責任を問えないリスクが発生します。
契約書にきちんと守られる情報の範囲や義務内容を取り決めておけば、相手方からこのような発言をされるリスクを大きく軽減できます。
裁判をしても証拠がなくて認められない
秘密情報を漏えいされると、情報提供側は受け手側へ損害賠償請求できる可能性があります。契約書を作成しておけば、秘密保持契約の内容が明らかになるので裁判の証拠として利用できて、損害賠償責任も問いやすくなるでしょう。
しかし契約書がなかったら、そもそも秘密保持契約を締結したのかどうかすら明らかになりません。証拠がないので訴訟を起こしても棄却されるリスクが高くなってしまいます。
業務提携や業務委託などで自社情報を相手方へ提供する場合には、必ず秘密保持契約書を作成すべきといえます。
過大な義務を課されるリスク
情報の受け手側にとっても秘密保持契約書は重要です。
契約書がないと、受け手側がどこまでの義務を負うのかが明確になりません。
「何が秘密情報になるのか」「どういった方法で管理すればよいのか」「どこまでの範囲の人が情報を共有して良いのか」「秘密を守らねばならない期間」などが明らかにならないと、受け手側は具体的な対応に困惑するでしょう。
情報提供側との力の差がある場合、過大な義務を押しつけられたり無理難題を突きつけられたり高額な損害賠償請求をされたりするリスクも発生します。
契約内容の専門家によるチェックが必要
秘密保持契約書の内容は多岐にわたり、状況によっても盛り込むべき内容が異なります。
おおまかな部分は「ひな形」で対応するとしても、細かい部分はケースバイケースで条項を作成しないと効果的にトラブル防止ができません。
秘密保持契約の内容が適正かどうか判断するには、法的な専門知識が必要です。
調印前にビジネス専門の弁護士等に契約審査、レビューを依頼して、チェックを受けた上で作成しましょう。
秘密保持契約を締結する際の11個の注意点
秘密保持契約書を作成する際には、以下の11個のポイントに注意しましょう。
注意点①開示側か受領側か双方開示か
秘密保持契約を締結する際には「自社が開示する側か情報を受け取る側か」を意識しなければなりません。
開示する側の場合、できるだけ秘密情報の範囲が広い方が有利ですし、相手方に対して調査や監督ができたり報告義務を課したりすると、安心感が高まります。相手方に義務を課する期間もなるべく長いほうが良いでしょう。
一方で、受け手側の場合にはそういった義務がなるべく小さい方が負担は軽くなります。
秘密情報の範囲は狭く、例外規定を多くしてもらって義務を負う期間も短期とした方が有利です。
同じ秘密保持契約であっても、情報開示側か受け手側かで契約書の見方が大きく変わってきます。まずは自社がどちらの立場になるのかを意識しましょう。
また秘密保持契約には「双方開示型」もあります。どちらか一方ではなく当事者の双方がそれぞれ相手方へ情報提供するパターンです。この場合、秘密保持契約書においても当事者双方が秘密保持義務を負い、相手方へ義務を課します。
たとえば業務提携や共同開発を行う場合などには双方開示型を選択する例があります。
秘密保持契約書を作成する際には、一方が他方へ義務を課すのか双方が情報を受領して義務を負うのかも検討する必要があるでしょう。
注意点②秘密の範囲
秘密保持契約では「秘密情報の範囲」の特定が重要です。
範囲が広くなると受け手側の負担が大きくなりますが、情報提供者の利益は守られやすくなります。たとえば「提供・開示する一切の情報」などと包括的に定義しておけば、情報の範囲が広くなります。
一方、秘密情報を限定するなら受け手側に有利です。契約書の文言としては「△△及び□□に関して提供された情報」「○○、△△に関連する一切の情報」などとします。情報提供の目的に応じて秘密の範囲を設定しましょう。
他にも提供された情報に限定をつける方法があります。たとえば「~の情報のうち、提供の際に秘密である旨を明示したもの」などと書いて限定します。こういった取り決めをする場合、「明示の方法」についても定めましょう。たとえば「情報提供後○日以内に書面または電子メールで通知する」などとします。
例外規定を設ける
秘密情報の範囲についての定めが包括的であっても限定的であっても、「例外規定」を設けるべきです。情報提供前から受け手側が知っていた事実や広く世間に知られている事実まで秘密にする必要はないからです。
具体的には以下のような情報は秘密情報の例外としましょう。
- 相手方から提供された時点で、既に受け手側が保有していた情報
- 相手方から提供された時点において既に公知となっていた情報
- 相手方から提供されてから後に、受け手側の故意または過失によらず公知、公用となった情報
- 相手方から提供された情報とは無関係に、受け手側が独自に開発・創出した情報
- 正当な権限を有する第三者から秘密保持義務なしに提供を受けた情報
また秘密情報に該当しても、以下のような状況であれば開示してもかまわないと定めるべきです。
- あらかじめ情報提供側の同意を得ていた場合
- 警察や裁判所、政府機関などから開示を要求された場合
注意点③情報を共有できる人の範囲
次に「秘密情報を共有する人の範囲」を意識しましょう。誰が情報を共有して秘密保持義務を負うのか、という問題です。
一般的には経営者や役員、当該業務につく担当者などが情報の共有者となるでしょう。
管理職や一般従業員などについても、どこまで知らせて良いのか事前に協議して定め、契約書へ反映してください。
注意点④秘密保持義務の内容
具体的な「秘密保持義務の内容」が非常に重要です。
基本的には受け取った情報を不正利用しないことや外部に漏えいしないことが義務の根幹となります。以下でより具体的に示します。
利用方法の制限
不正利用を防止するため、利用方法を制限しましょう。
たとえば「○○の事業を実施する目的以外による利用を禁止する」などとします。
アクセス方法の制限
秘密情報にアクセスできる人を限定し、場合によってはアクセス方法についても契約書で定めましょう。たとえば保管場所を隔離して施錠する、データにはパスワードロックをかけるなどの方法が考えられます。ただし契約書にどこまで細かく規定するかはケースバイケースです。
注意点⑤報告や監督について
秘密保持契約の義務が適切に履行されているかどうかを確認するため、報告義務や監督権限を定めるケースもあります。
報告義務とは、情報の受け手側が提供者へ情報管理体制などについて報告すべき義務です。
監督権限とは、情報提供者が「管理体制が不十分ではないか」と考えたときに報告を求めたり立ち入り調査を行ったりできる権限です。
これらの条項を入れると情報提供者にとっては有利ですが受け手側にとっては不利になります。契約の目的、お互いの立場や状況に応じて設定しましょう。
注意点⑥秘密保持義務が及ぶ期間
秘密保持契約では「義務が及ぶ期間」も重要な要素となります。
たとえば共同開発が終わっても、すぐに秘密保持をやめて情報を漏えいされてしまっては提供者側の利益が守られません。一定期間は秘密保持義務を課する必要があるでしょう。ただし永遠に義務を負わせるのも不可能で不合理です。
具体的な秘密保持の期間については、話し合いによって合理的な範囲を設定すべきです。
注意点⑦複製の禁止
秘密情報を無断で複製されると、情報提供者の利益が脅かされます。
複製は基本的に禁止する規定を設けましょう。ただし必要な範囲では認めるべきケースもあります。
注意点⑧情報の返還について
情報が必要な期間が終了すると、受け手側は情報提供者へ情報を返還すべきです。
ただしデータなどの形で情報を受け取った場合、プリントアウトしたりコピーが残ってしまったりして返還が困難となるケースも少なくありません。その場合、受け手側が責任もって情報を破棄するとともに「コピーやプリントアウトした用紙などの複製物も含め、完全に情報を消去しました」と記載した確認書面を提出するなどして漏えいを防止する対策をとりましょう。
注意点⑨効力発生日
秘密保持契約では「効力発生日」も重要です。
いつから義務が発生するかわからなければ、漏えいが発生しても「まだ義務が及んでいない」と抗弁される可能性があります。契約書へ明確な日付を記載しましょう。
注意点⑩差止請求
万一秘密情報が漏えいされたり不正利用されたりしていることが発覚したら、開示側の利益を守るために、すぐに「差止請求できる」と定めておくべきです。
これにより受け手側が勝手に秘密情報を使えなくなって提供者の安全が守られやすくなります。
注意点⑪損害賠償や違約金
受け手側が情報を漏えいしたら、提供者は受け手側に対して損害賠償請求できます。ただ具体的にどういった損害が発生したのか立証するのは簡単ではありません。
そこで秘密保持契約書にあらかじめ違約金条項を定めておく方法が有効です。
違約金額が明示されていれば、情報提供者は具体的な損害額を立証しなくても容易に損害賠償できるようになるでしょう。
ただし情報の受け手側にとっては不利な条項となるので、違約金条項が入っていたら慎重になるべきです。
秘密保持契約書は専門家によるリーガルチェックが必要
以上のように、秘密保持契約書(NDA)を締結する際には、さまざまな点に注意しなければなりません。そもそも自社が情報提供側なのか受領側なのかで、契約書を確認する視点や注意の方法が大きく変わってきます。チェックすべき事項も多岐にわたるため、自社のみで判断するのは困難でしょう。
秘密保持契約を締結する際には、ビジネス法務に長けた専門家による契約書レビュー、審査を受けるよう推奨します。この記事の内容を参考に、自社の情報を守って安全に企業活動を行ってください。
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弁護士 小野 智博弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士。
慶應義塾大学環境情報学部、青山学院大学法科大学院卒業。企業法務、国際取引、知的財産権、訴訟に関する豊富な実務経験を持つ。日本及び海外の企業を代理して商取引に関する法務サービスを提供している。2008年に弁護士としてユアサハラ法律特許事務所に入所。2012年に米国カリフォルニア州に赴任し、 Yorozu Law Group (San Francisco) 及び Makman and Matz LLP (San Mateo) にて、米国に進出する日本企業へのリーガルサービスを専門として経験を積む。
2014年に帰国。カリフォルニアで得た経験を活かし、日本企業の海外展開支援に本格的に取り組む。2017年に米国カリフォルニア州法人TandemSprint, Inc.の代表取締役に就任し、米国への進出支援を事業化する。2018年に弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所を開設。世界市場で戦う日本企業をビジネスと法律の両面でサポートしている。
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