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英文契約書における「約因」とは! サンプル付きで弁護士が解説
2025.11.14

英文契約書における約因(consideration)とは?約因の役割や具体例について、契約法務に詳しい法律事務所が解説 

海外法務のご担当者や、英文契約書の作成や契約審査等に携わったことがある方であれば、一度は以下のような条文を目にしたことがあるのではないでしょうか。

“NOW, THEREFORE, in consideration of the mutual agreements contained herein, the parties hereto agree as follows:”
「そこで、本契約に含まれる相互の合意を約因として、本契約の両当事者は、以下の通り合意する。」

日常用語の“consideration”の日本語訳として、多くの人が最初に思いつくのは「考慮」または「思いやり」などでしょう。しかし、英文契約書に“consideration”と記載されている場合は、「約因」という意味で用いられます。「約因」という日本語を日常生活で使う機会はほとんどなく、「約因(consideration)」は英文契約書特有の概念だと言えます。

この記事では、英文契約書における「約因(consideration)」とは何か。また、約因(consideration)が果たす役割や、約因(consideration)の具体例について、弁護士が分かりやすく解説します。

「約因(consideration)」とは

英文契約書における「約因(consideration)」とは、契約当事者間に存在する取引上の損失、つまり対価性を意味します。

例えば、Aさんがスーパーで買い物をする場合、スーパーから商品の引渡しを受ける「対価」として金銭を支払い、スーパーはAさんから金銭の支払いを受ける「対価」として商品を引渡すという関係にあります。つまり、「約因(consideration)」とは、何かを得るために何かを犠牲にするというギブアンドテイクの関係のことを指します。

▶参考情報:英文契約書の基礎知識については下記の記事でも解説していますので、ご参照ください。
英文契約書の基礎知識と注意点を解説・サンプル例文付き編

約因(consideration):英米法における契約の成立要件

日本の場合は、当事者間で「申込」と「承諾」の意思表示が合致したときに契約が成立します(民法522条)。一方、英米法では、「申込」と「承諾」に加えて、「約因(consideration)」があることが契約の成立要件とされており、約因(consideration)のない契約は無効と解釈されています。そのため、英文契約書では、当該契約が無効とならないよう、「本契約には約因がある」ということを明示する目的で、約因(consideration)に関する条項があることが一般的です。

英米法の下では、何らかの紛争が発生した場合、約因(consideration)に関して記載がない契約に関しては、契約当事者が裁判を起こそうとしても、法的拘束力がないため、裁判所に取り扱ってもらえない可能性があります。約因(consideration)の記載の無い契約書に関しては、結果的にその契約全体が効力を持たなくなってしまうおそれがあるため、注意が必要です。英文契約書を作成する際には、“consideration”をしっかり記載しておくことが重要なポイントとなります。

なお、米国契約法のRestatement(各州の州法と判例法の現状を分析し、およその共通事項を法分野ごとに法典の形にして注釈をつけたもの)では、約因(consideration)について、以下のように規定されており、約因(consideration)とは、履行や約束のみならず、Forbearance(何かをすることを差し控えること)でもよいとされています。

Restatement Second Contracts § 71. (Consideration)
Requirement of Exchange; Types of Exchange
71条 交換の要件、交換の種類

(1) To constitute consideration, a performance or a return promise must be bargained for.
約因を構成するため、履行または反対約束が交換取引されなければならない。

(2) A performance or return promise is bargained for if it is sought by the promisor in exchange for his promise and is given by the promisee in exchange for that promise.
履行または反対約束は、約束者の約束と交換するものとして約束者により求められ、当該約束と交換するものとして被約束者により与えられた場合に、交換取引されたものとされる。

(3) The performance may consist of
履行は、以下の事項により構成されうる。

(a) an act other than a promise, or
約束以外の行為
(b) a forbearance, or
差し控えること
(c) the creation, modification, or destruction of a legal relation.
法律関係の創設、変更または破壊

(4) The performance or return promise may be given to the promisor or to some other person. It may be given by the promisee or by some other person.
履行または反対約束は、約束者または他の者に対しても行うことができる。また、被約束者または他の者により行うことができる。

約因(consideration)の条文例

英文契約書では、「約因(consideration)」は、契約の前文や、当事者の義務を定める条項の中で記載されるのが一般的です。以下で、典型的な条文例を見てみましょう。

■例1:契約の前文に記載された「約因(consideration)」

In consideration of the mutual covenants contained herein, the parties agree as follows:”
「本契約に含まれる相互の約束を約因として、両当事者は以下の通り合意する。」

契約書に記載された双方の取り決め全体を「約因(consideration)」として、契約を成立させる趣旨を定めた一般的な条項です。

■例2:具体的な義務となる「約因(consideration)」

“Seller shall sell the Goods to Buyer, and Buyer shall pay Seller the price of XX US Dollars in consideration thereof.
「売主は買主に商品を販売し、買主はその対価として売主にXXドルを支払うものとする。」

売主が商品を販売するという約束と、買主が代金を支払うという約束が、「約因(consideration)」となっています。

■例3:不作為(何かをしないこと)が「約因(consideration)」となる

In consideration of the Employee’s commitment not to solicit the Employer’s clients for one year after the termination of employment, the Employer shall pay the Employee a severance payment of USD XX.”
「従業員が雇用終了後1年間、雇用者の顧客を勧誘しないことを対価として(約因として)、雇用者は従業員にXX米ドルの退職金を支払うものとする。」

従業員が雇用者の顧客を勧誘しないという「不作為」と、雇用者からの退職金が、「約因(consideration)」となっています。

なお、「約因(consideration)」は物品などの売買だけでなく、様々な契約関係において成立します。例えば、サービス契約においての「約因(consideration)」であれば、サービスの提供という約束と、そのサービスに対価を支払うという約束とで成り立ちます。次の例を見てみましょう。

■例4:サービス契約においての約因(consideration)

In consideration of the services, ABC Ltd. shall pay to XYZ Inc. the amount of XX US Dollars”
「そのサービスの対価として、ABC社は、XYZ社に対して、XXドルを支払う。」

また、ライセンス契約の場合であれば、知的財産の使用許諾とその使用料が約因となります。

■例5:ライセンス契約においての約因(consideration)

In consideration for the licenses granted to Licensee under Section 1, Licensee shall make a payment to Licensor of USD $XX.”
「第 1 条に基づきライセンシーに付与されたライセンスに対する対価として、ライセンシーはライセンサーに XXドルを支払うものとする。」

なお、雇用主である会社の業務範囲内で従業員がした発明を特許出願する場合、発明者から会社へ権利を譲渡する旨の譲渡証には、1ドルや10ドルなど少額の対価が「約因(consideration)」として記載されていることが一般的です。

■例6:会社の業務範囲内での発明について、発明者から会社への権利譲渡における約因

In consideration of” the sum of one dollar ($1.00) and other good and valuable consideration paid to the undersigned, the receipt and sufficiency of which are hereby acknowledged, the undersigned agrees to assign, and hereby does assign, transfer, and set over to
「署名者は、1ドル及び善良あるいは有価約因の対価として、その受領と十分性を承認し、以下を譲渡することに同意し、ここに譲渡し、引き渡す」

約因(consideration)に関する注意点

既存の契約内容を変更する場合

上記のとおり、英文契約書においては、「約因(consideration)」を記載しておくことが重要です。但し、ビジネスの現場では、当事者双方に何らかの対価(利益)があることが一般的であるため、新たに取引を始める場合であれば、約因(consideration)の有無が問題となる場面は比較的少ないでしょう。

約因(consideration)が問題となりやすいのは、既存の契約を変更する場合です。具体的には、契約後、契約上の債務を債権者が全部もしくは一部免除にする場合や、債務の分割払いを認める場合などが該当します。債務者のみが一方的に利益を取得し、債権者はその利益の対価を得ていないと考えられ、約因(consideration)を欠くことになるからです。

例えば、A社(委託者)とB社(受託者)のコンサルティング契約において、当初定めていた契約解除の事前通知期間が6か月だったところ、A社が3カ月に短縮したいと申し出て、B社も承諾したとします。この変更は、B社が一方的に不利益を受け、A社は新たな義務などを負っていないため、約因(consideration)を欠き、変更が無効となる可能性があります。契約が無効となることを防ぐためには、例えば、B社へ支払う報酬を増額するなど、B社が受ける不利益に対して、A社が何らかの負担をすることが考えられます。

約束的禁反言(Promissory Estoppel)

「約因(consideration)」の原則には、例外的な法理として「約束的禁反言(Promissory Estoppel)」があります。日本法の下では、近い概念として、「禁反言の原則」などと呼ばれているものです。

約束的禁反言(Promissory Estoppel)とは、形式的には約因(consideration)を欠き、法的拘束力が生じないはずの合意(例えば、上記でご紹介したような、債務免除や債務の分割払いを認める合意など)であるところ、当該合意に対して法的な効果を認めないことで、極めて不都合な結果となる場合に限り、法的拘束力が生じる(上記の例で言えば、債務者が債務免除や債務の分割払いの効果を受けられる)ことを可能にする理論です。

以下の要件が満たされる場合には、約因(consideration)がなくても約束を法的に拘束力のあるものとし、不公正な結果を防ぐ役割を果たします。

■約束的禁反言(Promissory Estoppel)が成立する要件

  • 明確な約束があること:
    約束者(promisor)が「一定の権利を行使しない」または「一定の行為を行う」といった明確な約束をしたこと
  • その約束への信頼:
    被約束者(promisee)がその約束を合理的に信頼し、それに基づいて行動(または不作為)したこと
  • 衡平性(公平性):
  • 約束当事者が当該約束を反故にすることが、衡平に反すると認められること不利益の発生:
    被約束者(promisee)がその信頼に基づいて行動した結果、不利益や損害を被ったこと

例えば、ビルのオーナーがテナントを募集していたところ、飲食店の経営者が問い合わせをし、ビルのオーナーが物件の貸し出しについて承諾したため、飲食店の経営者が海外からシェフを呼び寄せたり、内装業者と内装工事の準備を進めるなど、既に多額の投資をした際に、ビルのオーナーによる一方的な撤回が認められない場合などがこれにあたります。

なお、約束的禁反言(Promissory Estoppel)は防御的な権利とされています。例えば、債務者が積極的に債務不存在確認訴訟などを提起して債務の不存在を確認することは認められておらず、あくまで、債権者から請求された際に、防御権として機能するものと解されています。

当事者の一方のみが義務を負う契約

ビジネスの現場における大部分の契約は双務契約、つまり対価があり約因(consideration)があるため、契約は有効に成立することになります。一方、約因(consideration)がない片務契約(一方当事者のみが債務を負う契約)の場合はどうでしょうか。

例えば、父が息子に対して「就職祝いに時計をプレゼントしよう。」という申込みの意思表示を行い、息子が「ありがとう。受け取ります。」という承諾の意思表示を行った場合、贈与契約(片務契約)が成立します。しかし、このやりとりにギブアンドテイクの関係はないため、約因(consideration)が存在せず、英米法の下では契約は成立しないことになります。そのため、父がいつまでも時計をプレゼントしてくれない場合に、息子が裁判で解決しようとしても、約因(consideration)のない単なる合意であり契約ではないので、父に、早くプレゼントするよう強制することはできないということになります。但し、この場合でも、書面(捺印証書「deed」)により契約を締結しておけば、約因(consideration)がなくても契約は成立します。上記の例では、父と息子の間で贈与の合意をした際、息子が書面にて契約書を作成しておけば裁判所で履行を強制してもらえる可能性があります。

英文契約書における約因(consideration)のまとめ

以上のように、「約因(consideration)」は、英文契約書の法的拘束力を持たせるために必要なものです。英文契約書を締結する際は、約因(consideration)の概念を十分に理解した上で、記載すべき内容を検討していくのがよいでしょう。

約因(consideration)のような日本の契約書とは異なる考え方も加味する必要がある英文契約書の作成は、慣れていない方にとってはやや難易度が高いものです。英文契約書の作成・契約審査の際には、法律事務所など専門家のアドバイスを受けながら、リスクをチェックし、自社のビジネスに有利に進めていくことをお勧めします。

WRITER
弁護士 小野 智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士。
慶應義塾大学環境情報学部、青山学院大学法科大学院卒業。企業法務、国際取引、知的財産権、訴訟に関する豊富な実務経験を持つ。日本及び海外の企業を代理して商取引に関する法務サービスを提供している。2008年に弁護士としてユアサハラ法律特許事務所に入所。2012年に米国カリフォルニア州に赴任し、 Yorozu Law Group (San Francisco) 及び Makman and Matz LLP (San Mateo) にて、米国に進出する日本企業へのリーガルサービスを専門として経験を積む。
2014年に帰国。カリフォルニアで得た経験を活かし、日本企業の海外展開支援に本格的に取り組む。2017年に米国カリフォルニア州法人TandemSprint, Inc.の代表取締役に就任し、米国への進出支援を事業化する。2018年に弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所を開設。世界市場で戦う日本企業をビジネスと法律の両面でサポートしている。
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