- 2024.12.23
ソフトウェアやITサービスの代理店契約書は、ソフトウェアやクラウドシステムなどを開発するベンダーが、エンドユーザー向けの使用を許諾し、代理店に営業活動を委託するための契約書です。代理店契約書には、「仕入れ型(ディストリビューター方式)」と「紹介型(エージェント方式)」の異なるタイプの契約があり、代理店の責任範囲などに違いがあります。自社の契約がどちらのタイプに当たるかを理解しておくことで、適切な契約内容で締結することができます。また、使用許諾の条件や免責事項、競合サービスの取り扱いなど、代理店契約書には、必ず規定しておくべき条項が複数あります。
この記事では、代理店契約の概要や特性、代理店契約書の作成やリーガルチェックの際の注意点など、代理店契約を締結するにあたって、IT・SaaSサービス事業者の方に、ぜひ理解しておいていただきたい事項について解説します。
目次
ソフトウェアとITサービスの代理店契約の概要
コンピュータ上でさまざまな処理を行うプログラムのことをソフトウェアといいます。ソフトウェアには、オペレーティングシステムやアプリケーションソフトなどがありますが、具体的には、MicrosoftのOfficeシリーズをイメージしていただくと分かりやすいかもしれません。最近では、「RPA」と呼ばれる、ロボティックプロセスオートメーション(Robotic Process Automation)が台頭してきており、各アプリケーションにおける処理の自動化を実現できるプログラムも開発、販売されています。これらのようなソフトウェアやクラウドシステムなどのITサービスを、幅広いエンドユーザーに販売するために、ベンダーと、エンドユーザーへの営業・販売を行う代理店との間で、代理店契約書は取り交わされます。
代理店契約書の意義と目的
代理店契約書の意義は、代理店とベンダーが双方の権利と義務を明確にすることにあります。適切な条項で構成された契約書を結ぶことによって、誤解や紛争のリスクを減らし、双方の関係を安定させることができます。また、代理店契約書の目的は、双方が合意した条件に基づいてソフトウェアやITサービスの販売を行うことであり、代理店に特定の地域や市場での製品やサービスを販売する適正な権利を与えることでもあります。ITサービス業界において、ソフトウェアやクラウドシステムなどの製品を広く市場に流通させるために、代理店契約書は非常に重要な役割を果たしているといえます。
ソフトウェアやクラウドシステムの代理販売の特性
ソフトウェアやクラウドシステムの代理販売には、いくつかの特性があります。まず、ソフトウェアやクラウドシステムは、複雑で技術的な性質を持っているため、販売にあたってはITに関する専門的な知識が必要です。また、販売対象となるものが実際に手に取れる商品ではなく、ITサービスであることから、納品や検査、利用許諾の条件など、条項の内容も独特でテクニカルな要素を含むため、他の代理店契約書を雛形として安易に流用することにはリスクがあります。次に、代理店契約書には、「仕入れ型(ディストリビューター方式)」と「紹介型(エージェント方式)」の二つのタイプがあります。仕入れ型とは、ベンダーが代理店に商品を売り切り、その上で代理店がエンドユーザーにその商品を販売する方式です。一方、紹介型とは、代理店はベンダーとエンドユーザーとの契約の仲介を行う立場であり、ベンダーが直接エンドユーザーに商品を販売する方式です。一口に「代理販売」といっても、両者の仕組みや契約内容、法律上の立場は大きく異なります。代理販売を行うにあたっては、これらの特性を理解し、代理店契約書に適切に反映させる必要があります。
代理店契約書で確認すべき重要な部分
仕入れ型(ディストリビューター方式)の場合
「仕入れ型」の代理店契約は、「紹介型」よりも代理店が負う責任が重くなっています。その中でも特に注意が必要なのがバグなどの不具合の責任や損害賠償責任の範囲です。「仕入れ型」の代理店契約の場合、ITサービスにバグや中断などが生じた際の対応の責任やエンドユーザーに発生した損害の賠償責任は、代理店が負担することになります。そして、代理店はベンダーにその損害の賠償を請求する流れとなりますが、代理店契約書内でベンダーの免責事項として規定されている事項は、代理店に対する損害賠償の対象外となります。エンドユーザーと代理店間の契約書と、ベンダーと代理店間の代理店契約書の各免責事項を比べたときに、後者におけるベンダーの免責事項が、前者における代理店の免責事項よりも幅広く規定されている場合は、その差分は代理店のみが損害の賠償を負担することになるため、代理店としては、この点を必ず確認しておく必要があります。
紹介型(エージェント方式)の場合
ITサービスの代理店契約では、エンドユーザーがサービスの利用を継続する間、代理店に報酬が支払われるケースが一般的ですが、この点を代理店契約書に明記していない場合、代理店契約が終了した後は、エンドユーザーがITサービスを利用し続けているにも関わらず、代理店が報酬をもらえなくなるリスクがあるため、注意が必要です。例えば、代理店契約終了の直近の時期にエンドユーザーを獲得したとしても、その直後に契約終了により、代理店報酬が支払われなくなると、ほんの短い期間しか報酬が得られなくなってしまいます。「紹介型」の代理店契約では、「代理店契約終了後であっても最終的なユーザーがサービスの利用を継続する期間中は代理店報酬が支払われる」旨の項目を追加し、代理店契約終了後も報酬が支払われるようにすると良いでしょう。
サービスの中断と免責事由
代理店契約書には、サービスの中断や遅延、障害が発生した場合の対処方法や免責事由を明記する必要があります。特にITサービスを提供する場合は、システムの障害やセキュリティ上の問題は避けては通れないため、そのような事態が生じた際の対応策が重要です。システム障害や自然災害などによるサービス停止が発生した場合の責任の所在の明記や不可抗力条項、契約書で明確に定められた対処方法がある場合は、それらに基づいて、問題が発生した場合に円滑な解決を図ることができる可能性が高くなります。ベンダー側か代理店側かによって見方は変わりますが、条項の内容が自社のリスクを低減させるものになっているかを確認しましょう。
使用許諾の条件と形態
代理店契約書には、ソフトウェアやITサービスの使用に関する許諾条件が明示されていることが一般的です。ベンダー側にとっても、代理店側にとっても、使用許諾の範囲や方法、使用期間、使用料金などの必要事項が漏れなく明確に記載されていることが後のトラブル防止のために重要となります。ベンダーが提供するライセンス形態に応じて、エンドユーザーが契約で明確に定められた条件に基づいて利用することにより、ソフトウェア等の適切な使用とライセンスの遵守を確保することができます。また、使用許諾契約をベンダーとエンドユーザーが直接契約するのか、ベンダーと代理店の間で一旦、使用許諾についても契約した上で、次に、代理店とエンドユーザーの間で再使用許諾契約を締結するのかによっても、代理店契約書に規定される内容は大きく異なってきます。自社のビジネスの形態に合わせて適切な規定を定めることが必要です。
競合サービスの取り扱い
代理店契約書では、契約期間中または契約終了後何年間かの間は、「同業・同種の競合サービスについて、自社で提供する、または、他社の代理店になることができない」旨の条項が規定されることがあり、代理店側としては、注意する必要があります。ベンダー側の原案の規定内容で締結すると、たとえ別のソフトやサービスであっても、他社の代理店になることや自社で提供することができなくなるなど、自社の事業展開に大きな影響を与えかねません。代理店契約書の締結においては、このような競合サービスの取り扱いを禁止する条項がないか、見落としがないように確認し、可能であれば削除することを交渉し、削除が受け入れられない場合でも、禁止される範囲(地域や取引の相手方)や期間をできる限り限定する交渉を試みるとよいでしょう。
▶参考情報:代理店契約については下記の記事でも解説していますので、ご参照ください。 ・販売代理店契約において競合品の取扱いが禁止された場合|代理店側の契約審査(契約書レビュー)Q&A ・販売代理店契約において販売手数料を確実に受領するためのポイント|代理店側の契約審査(契約書レビュー)Q&A |
英文契約書と電子契約システムについて
英文契約書の利用とリーガルチェック
ソフトウェアには海外で開発されたものが多数あるため、場合によっては、代理店契約を締結するにあたり、英文契約書を利用することもあります。英文契約書は、相手先国の法令や文化に合わせて作成されていることが多いため、和文の契約書の場合と比べてリーガルチェックがさらに重要となります。相手方によって用意された雛形による契約締結は、自社にとって不利益になる場合が多々あるため、弁護士等の法律専門家に英文契約書の適切な翻訳やリーガルチェックを相談するとよいでしょう。
電子契約システムの導入
近年、契約書の作成や活用において、電子契約システムの導入が進んでいます。電子契約システムを導入することで、契約書の作成から締結、保管までを効率的に行うことができます。電子契約システムは、複数の関係者が同時に契約書を閲覧し、修正や承認などの作業を容易に行えるため、作業の迅速化とミスの軽減につながります。また、契約書の保管や管理もシステム上で一元化されるため、取引先との紛争が発生した場合にも必要な情報を迅速に取得することができます。ITサービス業界は、その業務内容からも電子契約システムの導入へのハードルは低いと考えられるため、代理店契約の締結にあたり、電子契約システムの導入を検討することも有益でしょう。ただし、電子契約システムには上記のような多くのメリットがありますが、導入の際には、セキュリティ対策の強化や法的な規制の遵守が求められますので、その点については注意が必要です。
IT企業代理店契約書作成のまとめ
代理店契約には、異なる類型が存在し、さらに、ITサービス業界で代理店契約書を締結する際には、いくつかの重要な注意点があることについて、ここまでご説明させていただきました。前述の注意点に加えて、代理店契約書には、契約違反やビジネス上の紛争などの問題が生じた場合の解決手段が明記されていることが重要です。契約上の紛争や違反が発生した場合、当事者間の交渉や仲裁、裁判所での訴訟など、解決方法は様々ですが、契約書で予め定められた対処法に基づき、スムーズな問題解決が行われるようにしなければなりません。代理店契約書の作成は、適切なリーガルチェックや法的アドバイスを受けながら、慎重に行うことをおすすめします。
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弁護士 小野 智博弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士。
慶應義塾大学環境情報学部、青山学院大学法科大学院卒業。企業法務、国際取引、知的財産権、訴訟に関する豊富な実務経験を持つ。日本及び海外の企業を代理して商取引に関する法務サービスを提供している。2008年に弁護士としてユアサハラ法律特許事務所に入所。2012年に米国カリフォルニア州に赴任し、 Yorozu Law Group (San Francisco) 及び Makman and Matz LLP (San Mateo) にて、米国に進出する日本企業へのリーガルサービスを専門として経験を積む。
2014年に帰国。カリフォルニアで得た経験を活かし、日本企業の海外展開支援に本格的に取り組む。2017年に米国カリフォルニア州法人TandemSprint, Inc.の代表取締役に就任し、米国への進出支援を事業化する。2018年に弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所を開設。世界市場で戦う日本企業をビジネスと法律の両面でサポートしている。
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