- 2024.11.20
事業譲渡の手続きは、事前準備、契約交渉、法的手続き、事業引き渡しの順序で進めていきますが、契約交渉の最終段階で作成するのが「事業譲渡契約書」です。一口に「事業譲渡」と言っても、その内実は、事業承継(親族内承継、親族外承継)かM&A(第三者承継)か、全部譲渡か一部譲渡かなど様々なパターンがあります。また、会社法にも一定の決まりが定められているため、行おうとしている事業譲渡の内容をよく確認し、関連する法的なルールについて知っておくことが重要です。
この記事では、事業譲渡契約書の記載事項と、雛形利用のリスク、作成時に注意すべき点について解説します。
事業譲渡についての基本的な考え方
事業譲渡とは、会社が所有する財産や負債、契約上の地位など、有形、無形を問わず、自社の事業を第三者に譲り渡すことです。従来からよく知られているケースとしては、親族間で事業承継を行う場合がありますが、近年では専門業者の仲介で、第三者に事業を譲渡する「M&A」も数多く行われています。当事者間で合意に至ることができれば、会社の営んできたすべての事業を譲渡することも、事業のうち一部のみを譲渡することも可能です。
事業譲渡契約を締結する目的、必要性
従来、経営者は、自分の子どもや親族、従業員などに会社を継がせるパターンが多かったのですが、子どもや適切な後継者がいないという後継者不足に悩む場合も近年は少なくありません。そのような場合は、第三者に事業の全部を譲渡することで、経営自体を引き継がせることができます。また、一部を譲渡するケースでは、不採算部門を自社で清算するとともに、採算部門を他社に譲渡し、他社の下で採算部門を存続させたり、不採算部門を売り渡して、自社に採算部門だけを残して会社の経営状態を改善したりすることなどが可能です。
このように事業譲渡を行う目的や背景、経営者が抱えている事情などは会社それぞれであり、当事者間の立場によっても事業譲渡を通じて目指す事項が変わります。また、事業譲渡が行われた後に、譲り受けた財産の瑕疵や評価額の相違が判明した場合など、予測されるトラブルに備えた取り決めをしておく必要があります。多岐にわたる当事者間の要望や懸念事項、トラブル要因を明確にし、当事者間での合意事項や決まり事などを漏れなく正確に記録したものが必要であり、それが事業譲渡契約書となります。円滑で円満な事業譲渡においては、事業譲渡契約書は必ず作成する必要があるといえるでしょう。
雛形を利用するリスク
インターネットで検索を行うと、事業譲渡契約書の雛形は比較的容易に見つかるかと思います。しかし、安易な雛形の利用にはリスクがあるため、注意が必要です。
前述のとおり、事業譲渡には、事業承継(親族内承継、親族外承継)かM&A(第三者承継)か、全部譲渡か一部譲渡かなど様々なパターンがあるため、たまたま見つかった雛形が、自社がこれから行おうとしている事業譲渡に適したものでない場合や必要な条項に漏れがある場合などは、実態とかけ離れた契約書となってしまったり、将来的な紛争を招いてしまったりする危険があります。また、譲渡対象となる資産等や従業員の引継ぎ、競業避止義務など、個別具体的に定めなければならない事項は数多くあり、さらには、会社法に定められた手続きについても、契約書の規定に適切に反映させる必要があります。
以上の点から、自社の事業の行く末を左右する重要な契約書である事業譲渡契約書は、安易に雛形を利用するのではなく、専門家の助言も得ながら慎重に作成するべきであるといえるでしょう。
事業譲渡契約書に記載すべき項目
事業譲渡契約書に記載する事項については、特に会社法上の規定があるわけではありませんが、一般的には、以下のような項目等を記載します。
契約主体
本契約の主体である譲渡人(売り手)の名称、譲受人(買い手)の名称を記載します。甲・乙、売主・買主などの定義を行う場合は、ここで記載します。
契約の目的
本契約の目的は事業譲渡であることと、事業譲渡の概要についても記載します。
事業譲渡の対象範囲
譲渡の対象となる事業の範囲や、譲渡資産、債権、債務等を一つ一つ漏れなく記載します。記載事項が多い場合は、契約書本文ではなく、別紙に一覧にすることが一般的です。
事業譲渡の対価と支払
事業譲渡の対価(買い手側が売り手側に払う金額)と対価の支払期日、支払先、支払方法等について、明記します。
クロージング
クロージングとは、譲渡の実行のことであり、クロージング日とは、譲渡実行日のことです。クロージングのために買い手側と売り手側がそれぞれ充足すべき条件やクロージング日(譲渡実行日)までに行うべきことの詳細を規定します。
公租公課の精算
公租公課とは、自動車税や固定資産税、従業員に関する雇用保険や社会保険料など国や地方公共団体によって賦課徴収される公的賦課金のことをいいます。公租公課の起算日(1月1日か、4月1日か)や、事業譲渡後の期間分の公租公課を負担するのはどちらになるのかなどをここで規定します。
従業員の引き継ぎ
譲渡する事業に従事している従業員との雇用契約については、従業員の同意がない限り、譲受会社に引き継がれません。譲渡事業に従事する従業員について、売り手側が引き続き雇用し続けるか、買い手側に転籍させるかを検討し、どの従業員について、どのような処遇をするかを契約条項に記載します。
表明保証
表明保証とは、一定の時点での、譲渡対象の財産や契約関係等の一定の事実が真実及び正確であることや、事業の適法な運営などを主として売り手側の企業が、表明して保証することです。この表明保証事項に違反していないことを前出のクロージングの条件にすることも多いです。
善管注意義務
事業譲渡契約の締結後、クロージングまでには、譲渡会社は様々な社内手続きを行う必要がありますが、これをしっかりと履行させ、同時に、適切な事業運営を継続し、譲渡対象となる事業の価値を減少させないようにする義務を定めます。また、双方で適切な社内手続きを行ったことを証明する書類(取締役会または株主総会の議事録の写しなど)の交付についても定めます。
競業避止義務
売り手側の会社は、譲渡した事業と同一の事業を、ある一定の期間、ある一定の地域においては営んではならないということを定める条項です。
損害賠償
表明保証に違反した場合や、それ以外の本契約上の義務に違反して、相手方に損害や余計な出費を与えた場合に、損害等を与えた側が与えられた側に賠償すること及びその賠償の範囲を規定します。
解除
クロージング日までに、事業譲渡契約を継続し難い事情が発生した場合の契約解除の規定や、解除の事由について規定します。
その他一般条項
上記の項目以外に、秘密保持義務や合意管轄、協議事項などの一般条項についても、後のトラブル防止のため、しっかりと規定しましょう。
事業譲渡契約書作成の際の注意点
事業の譲渡を成功させるためには、上述した各記載事項の留意点以外にも、特に以下の点については注意が必要です。
譲渡対象範囲を明確に記載する
事業譲渡は財産だけでなく、負債や契約上の地位なども譲渡の対象となるため、特に売り手側は、譲渡対象となる事業の範囲と内容を明確にしなければなりません。事業の一部を譲渡する場合はもちろんのこと、事業をすべて譲渡する場合でも、資産(不動産、機械設備、什器、車両など)だけでなく買掛金やリース代金等の負債も譲り渡すのか、契約時までに発生した利益はどう処理するかなどといった付随事項が多くあるため、詳細まで確認し、契約書には漏れのない記載をしましょう。本文中に記載すると長文になることが多いため、別紙に記載する方法が一般的です。
従業員の雇用については慎重に対応する
従業員の雇用の引き継ぎは、自動で行われるわけではなく、当該従業員に対する説明と同意が必要となります。売り手側の従業員が買い手側に移る場合、その従業員の承諾の必要性については、民法第625条(使用者の権利の譲渡の制限等)第1項において定められています。従業員の承諾がない場合は、引き続き、売り手側の企業で雇用する必要がありますが、買い手側の企業に移る従業員が少ない場合、ノウハウの継承に支障が生じるリスクがあります。従業員との雇用契約承継については、後のトラブルに発展しやすい要注意事項であり、対象となる従業員の決め方や同意の取得、転籍の手続き等を含め、民法や労働法、雇用規則等に基づいて、慎重に対応し、決定事項は契約書に明記しておく必要があります。
競業避止義務に関する決定事項を明記しておく
事業譲渡においては、会社法第21条により、売り手側は、事業譲渡の後、同じ市町村内及び隣接市町村内で同じ事業をすることが20年間禁止されています。実務上は、競業避止義務の期間や場所は、当事者間の話し合いで具体的に決められることになりますが、後のトラブル防止のため、事業譲渡契約書においては、競業避止義務に関する契約条項を設け、当事者間での約束事をしっかりと明記しておく必要があります。
譲受人が「商号続用時の免責登記」を行う場合の注意点
会社法では、譲受人が、事業譲渡前からの商号や屋号を引き継いで使用する場合には、原則、譲受人は事業譲渡前の未払い債務について弁済の責任を負うとされています。譲受人がこの責任を免除してもらうためには、個別の債権者に対して責を負わない旨の通知書を送る方法の他、「商号続用時の免責登記」を行うことが必要になります。
譲受人が事業譲渡後に、この「商号続用時の免責登記」を行う場合は、譲渡人による協力義務(必要な書類の交付など)を事業譲渡契約書に明記しておくことが重要です。
まとめ
事業譲渡の契約は、売り手と買い手が譲渡事業の範囲や目的について交渉し、合意に達することで成立します。実務上の事業譲渡のプロセスは大変複雑であり、双方の企業での取締役会または株主総会での決議や、様々な契約・通知、許認可の手続き等が必要となります。この事業譲渡の要となる事業譲渡契約書では、譲渡人の立場か譲受人の立場かによって、盛り込みたい条項に違いがあることが一般的です。取引の個別の事情を適切に反映し、後の紛争を防止するためには、法律専門家等と十分な打ち合わせを行った上で事業譲渡契約書を作成することをお勧めします。
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弁護士 小野 智博弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士。
慶應義塾大学環境情報学部、青山学院大学法科大学院卒業。企業法務、国際取引、知的財産権、訴訟に関する豊富な実務経験を持つ。日本及び海外の企業を代理して商取引に関する法務サービスを提供している。2008年に弁護士としてユアサハラ法律特許事務所に入所。2012年に米国カリフォルニア州に赴任し、 Yorozu Law Group (San Francisco) 及び Makman and Matz LLP (San Mateo) にて、米国に進出する日本企業へのリーガルサービスを専門として経験を積む。
2014年に帰国。カリフォルニアで得た経験を活かし、日本企業の海外展開支援に本格的に取り組む。2017年に米国カリフォルニア州法人TandemSprint, Inc.の代表取締役に就任し、米国への進出支援を事業化する。2018年に弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所を開設。世界市場で戦う日本企業をビジネスと法律の両面でサポートしている。
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