- 2024.08.06
就業規則は、会社で働く従業員が守るべきルールや約束事を定めている規定です。就業規則を適切に整備し、それを従業員に周知することで、企業全体の労務管理が円滑に進行し、トラブルのリスクを軽減することができます。しかし、中には就業規則は作成していないという会社もあることでしょう。今回は就業規則の必要性と適切な運用方法について詳しく解説します。
目次
就業規則がない場合の基本的な問題
就業規則がない場合、どのような問題があるでしょうか。まず考えられるのが、労働基準法違反のリスクです。労働基準法第89条では、「常時10人以上の労働者を使用する使用者」に就業規則の作成が義務付けられています。これに違反した場合、30万円以下の罰金が科される可能性があります。
「常時10人以上」の数え方には、「事業所ごとに数える」「非正規の労働者も含める」といったルールがあります。ルールに則って適切に数えた労働者が10名以上いる場合は、必ず就業規則を準備することが重要です。さらに、当初は作成義務がなくとも、事業拡張等により常時10人以上の労働者を使用するに至った場合、遅滞なく就業規則を作成し、労働基準監督署に届け出なくてはなりませんので注意が必要です。(労基法規則第49条1項)
一方、労働者が10名未満の場合で法令違反とはならないケースでも、就業規則がないことは従業員の労働条件を不安定にし、トラブルの原因となり得ます。これらの問題を回避するためにも、就業規則の整備は欠かせません。
就業規則がないことによる具体的なデメリット
では、法令違反となるリスク以外の、就業規則がないことによる具体的なデメリットをいくつか挙げてみましょう。
労働条件の不明確さによるトラブル発生
就業規則がない場合、労働条件が曖昧になりがちです。その結果、労使間で労働条件に関するトラブルが発生しやすくなります。例えば、休暇の取り扱いや残業代の計算方法についての不一致が生じ、労働トラブルとなるケースがあります。これにより、労働者の働きやすさが損なわれるだけでなく、会社としても時間とリソースを無駄にしてしまうリスクが増えます。
懲戒処分ができない
就業規則に定めない場合、労働者に対する懲戒解雇や減給といった懲戒処分をすることが法的に認められません(フジ興産事件-最二小判平15.10.10)。民法627条に基づく普通解雇は可能ではありますが、就業規則がないと労働者の問題行動に対する制裁措置を取ることが困難になります。これにより、問題行動を抑制する手段を失い、会社内部の秩序が保たれにくくなるリスクがあります。さらに、従業員にとっても公平性が欠如し、不信感を抱かせる要因となります。
従業員への説明責任の増加
就業規則が整備されていない場合、労働者からの問い合わせや疑問に対する説明責任が増大します。労働条件の不明確さが原因で、従業員はしばしば上司や人事担当者に確認を求めることとなり、その度に個別の対応が求められます。これにより、管理業務が煩雑になり、効率が低下するリスクがあります。また、説明の一貫性を保つことが難しく、場合によっては従業員間での情報の錯綜や不公平感が生じることも考えられます。
就業規則と雇用契約書の違いとは
職場におけるルールとして、就業規則と並んで重要なのものに雇用契約書があります。就業規則と雇用契約書の違いや、優先順位などを理解し、適切な内容の就業規則を準備しましょう。
対象となる労働者の範囲の違い
就業規則は全従業員に適用される企業全体のルールです。一方、雇用契約書は個別の労働者との間で交わされる契約書となり、その内容は労働者ごとに異なる場合があります。
就業規則がない場合は違法になる可能性
就業規則が労働基準法に基づいて設定されるのに対し、雇用契約書は雇用主と労働者の合意の元に設定されます。
先述のとおり、常時10人以上の労働者を使用する職場においては、就業規則の設定と周知を行わない場合、労働基準法違反となります。一方雇用契約書は、作成義務に関して言及している法律はありません。雇用契約書は、労働条件や給与の計算・支払い方法、福利厚生など、具体的な事項が詳細に記載されていることが多く、雇用主・労働者双方にとって非常に重要な書類ですが、雇用契約書がないからといって、ただちに法令違反となるわけではありません。
就業規則と雇用契約書の内容が異なる場合の優先順位
就業規則と雇用契約書の内容が異なる場合、どちらの条件が優先されるかについては、原則として「労働者に有利なほう」が優先されます。この原則は労働契約法により定められており(第12条)、労働者の権利を守るための重要な役割を果たしています。例えば、就業規則上には残業代の支払いについて記載があるが、雇用契約書にはない場合、就業規則が適用され残業代を支払うこととなります。また逆に、賞与について就業規則には不支給とされているが、営業職など特定の社員の雇用契約書において賞与を支給すると定めている場合、この定めは特例として有効となります。
就業規則の適切な運用とは
では法令違反や、労務トラブル等のリスクを回避するためにどのような対策が必要なのでしょうか?
具体的な例と共にみていきましょう。
適切な就業規則の作成と届出
就業規則の作成は、企業が従業員に対して一貫した労働条件を提供するために不可欠です。先述のとおり、常時10人以上の労働者を使用する職場において就業規則がない場合、労働基準法違反となり、使用者には30万円以下の罰金が科されるリスクがあります。また、労働条件が不明確になってしまうため、トラブルの発生も避けられません。一貫したルールを定めることで、従業員に対する信頼性が向上し、労務管理の効率も上がります。
さらに、就業規則の内容は使用者が自由に決定できるわけではなく、届出の際には就業規則の草案に対する労働者代表の意見書の添付が必要です。作成した「就業規則」と「就業規則届」、「意見書」を、企業を管轄する労働基準監督署に提出(届出)することとなります。
また万一労務トラブルが発生してしまった際に企業が予想外の不利益を被らないためには、就業規則と雇用契約書の優先順位の他、就業規則において法令に反する内容となっていないか(法令に反する定めは無効となります)、労働協約(労働者と使用者間で、労働条件や労使関係について定めた事項)がある場合は就業規則よりも労働協約が優先されることについても理解し、適切に就業規則を定めておくことが重要となります。
就業規則の周知
労働者への周知も、労働基準法に定められた使用者(企業)の義務となります(労働基準法第106条)。周知の方法としては、労働者一人ひとりへの配付、労働者がいつでも見られるような職場の見やすい場所への掲示・備え付け、電子媒体に記録し、それを常時モニター画面等で確認できるようにすること、などが考えられます(労基法規則第52条の2)。
さらに、労働基準法違反のリスク以外にも、適切に周知を行っていない場合、就業規則の効力が認められません(労働契約法第7条)。つまり就業規則が無い場合と同様に解され、例えば懲戒処分ができない、といった事態に陥る可能性があります。
そして、従業員の理解度を深め、労働条件に関するトラブルを低減させるためにも、企業は、就業規則を従業員に開示し理解させるための説明会を開催することが望ましいです。従業員数に関係なく、就業規則を作成し周知することは、企業運営におけるリスクを大幅に減少させる効果があります。
就業規則の変更
就業規則を変更するべきタイミングについては次項で触れますが、就業規則の変更方法にも法に定められたルールが存在します。就業規則を作成するときと同様に、就業規則の変更案に対する労働者代表の意見書とともに、労働基準監督署に届出を行い、従業員に就業規則変更の内容を周知することで、初めて変更後の就業規則の効力が認められます。
就業規則の運用において気を付けたいポイント
就業規則の作成及び、実際の運用で気を付けたいポイントをいくつか挙げていきましょう。
定期的な見直しと更新
就業規則は一度作成したら終わりではありません。法律の改正や企業の環境の変化に応じて、定期的に見直しと更新を行うことが重要です。
先述のとおり、就業規則は法令よりも従業員に不利な内容は該当部分が無効とされます。労働基準法等の労働関係法は、頻繁に改正されますので、注意が必要です。また、法令改正により、就業規則に定めなくてはならない事項が増えた場合も、就業規則を変更する必要が生じます。
他方、経営環境の変化などにより、就業規則の内容が実態とかけ離れてきた場合などにも、就業規則の変更が必要になります。例えば、従業員の働き方が多様化する現代では、リモートワークやフレックスタイム制などを明確に定める必要があるでしょう。
従業員への教育と周知活動
就業規則の存在とその内容を従業員に周知することも極めて重要です。労働基準法に定められた義務を果たし、さらに就業規則を有効なものとする(労働契約法)という意味合いに加えて、企業としては毎年の研修や定期的なミーティングの場を活用し、従業員に最新の就業規則について説明し、質問にも答える場を設けると良いでしょう。これにより、従業員が就業規則を理解し、遵守する動機付けにもつながります。また、就業規則を電子データとして社内ネットワークで共有する方法も考えられます。これにより、いつでも容易に確認することができ、トラブルの予防につながります。
外部専門家への相談の活用
就業規則を適切に作成し運用するには、労務管理の専門知識が必要です。そのため、外部専門家への相談を活用することが効果的です。例えば、弁護士や社会保険労務士に相談することで、就業規則の内容について違法性やリスクを回避するための適切なアドバイスを得ることができます。また、外部専門家の力を借りることで、法令改正などによる就業規則更新の必要性をタイムリーに把握し、的確なサポートを受けられます。これにより、労務トラブルの予防や解決に役立つ有効な就業規則の運用が可能になります。
まとめ
適切な就業規則の作成と運用の重要性について、お分かりいただけたでしょうか。
法令違反や労務トラブル等のリスクを回避するためには、就業規則の作成と周知が重要ですし、外部専門家への相談を活用することも有効な手段です。対策をすることで従業員の安心感を高めることにも繋がり、企業の信頼性も向上するでしょう。就業規則がまだないという企業は、就業規則作成をご検討ください。すでに就業規則があるという企業も、今一度労働協約や雇用契約書とともにその内容をご確認されることをお勧めします。
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弁護士 小野 智博弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士。
慶應義塾大学環境情報学部、青山学院大学法科大学院卒業。企業法務、国際取引、知的財産権、訴訟に関する豊富な実務経験を持つ。日本及び海外の企業を代理して商取引に関する法務サービスを提供している。2008年に弁護士としてユアサハラ法律特許事務所に入所。2012年に米国カリフォルニア州に赴任し、 Yorozu Law Group (San Francisco) 及び Makman and Matz LLP (San Mateo) にて、米国に進出する日本企業へのリーガルサービスを専門として経験を積む。
2014年に帰国。カリフォルニアで得た経験を活かし、日本企業の海外展開支援に本格的に取り組む。2017年に米国カリフォルニア州法人TandemSprint, Inc.の代表取締役に就任し、米国への進出支援を事業化する。2018年に弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所を開設。世界市場で戦う日本企業をビジネスと法律の両面でサポートしている。
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