- 2024.05.20
この記事では、「特許ライセンス契約で、ライセンサーが、『本件特許権が第三者の特許権等を侵害していないことについて保証しない』としてきた場合、受け入れてよいか?」について、ライセンシーからのご相談にお答えします。
目次
相談事例
~A社(特許ライセンス契約 ライセンシー)より~
精密機器を製造している当社(A社)は、B社の持つある製造技術に関する特許権Xをライセンスしてもらうため、B社と特許ライセンス契約を結ぶことにしました。B社(ライセンサー)から提示された契約書には、「特許権Xの実施が第三者の特許権等を侵害しないことについて保証しない」旨が規定されています。
最近では、特許を実施したところ、特許権侵害があったとして、第三者から高額な損害賠償を請求されるといった事案も耳にしますので、当社としては、B社の要望を受け入れてしまうことはリスクがあるのではないかと思っています。
しかし当社は、この特許ライセンス契約はどうしても締結し、特許権Xの技術を使い製品を製造したいと考えています。B社の要望を受け入れるしかないのでしょうか?
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所の回答
特許ライセンス契約において、ライセンサーが、「本件特許権が第三者の特許権等を侵害していないことについて保証しない」とし、これをそのまま受け入れ、何の手当もしない場合、ライセンシーが第三者から特許侵害として損害賠償請求を受けた際、ライセンサーに対し何ら求めることができず、ライセンシーにとってリスクが高いです。
可能であれば、ライセンサーに対し、保証義務を求めることが最も有益です。ただし受け入れてもらえない場合は、契約書上で代わりに何らかの手当をしておくことが重要です。
どのような手当が考えられるか、以下、詳しく見ていきましょう。
まずは、「特許ライセンス契約」「特許ライセンス契約におけるライセンサーの保証・非保証」について、説明します。
特許ライセンス契約とは
「特許ライセンス契約(特許実施許諾契約)」とは、特許権の保有者(ライセンサー)が、特許権を取得した発明について、相手方(ライセンシー)による実施(使用・譲渡など)を許諾する契約です。
許諾を受ける側(ライセンシー)は、研究開発にかかる時間や費用を節約しながら、特許発明を活用して新商品を製造・販売できるようになるというメリットがあります。
一方、特許権者(ライセンサー)は、ライセンス料による収入を得られます。自社が特許技術を有効活用することが難しい場合(技術、環境など)にも、ライセンス料収入を得ることによって早期に研究開発資金を回収することができます。
本事例における契約関係
特許ライセンス契約書におけるライセンサーの保証・非保証
特許ライセンス契約では、ライセンシーは、ライセンサーに対し、以下の保証を求める場合があります(また逆に、ライセンサー側は「保証しない(非保証)」とする場合もあります。)。
①本特許権にかかる無効事由がないこと
②本発明に関し、技術上、経済上、その他の効果があること
③本発明の実施が第三者の権利を侵害しないこと
まず、①の「本特許権にかかる無効事由がないこと」という保証事項ですが、これは、ライセンサーがライセンスを提供する際に、その特許が無効とされる可能性がないことを保証するものです。特許が無効とされる理由は様々ですが、例えば、発明が既知の技術と重複していた場合や、明細書の記載要件を満たしていないような場合には、特許が無効とされることがあります。この保証事項が含まれることで、ライセンシーは特許が無効となるリスクを軽減し、安心してライセンスを利用できることとなります。
次に②の「本発明に関し、技術上、経済上、その他の効果があること」という保証事項ですが、これは、ライセンサーが提供する特許が、ある特定の技術的、経済的、またはその他の効果を持っていることを保証するものです。つまり、その特許が特定の技術的問題を解決したり、新しい商品やサービスの開発に貢献したり、経済的な利益をもたらしたりする効果があることを意味します。この保証事項が含まれることで、ライセンシーはライセンサーの特許の有用性や価値についての信頼性を確保できることとなります。
③については、次項において詳しく解説していきます。
本事例の解説
「第三者の権利を侵害しないこと」を「非保証」とされると?
本事案では、ライセンサーであるB社は、「本件特許権Xの実施が第三者の権利を侵害しないことについて保証しない」としています。
この場合、A社も懸念するとおり、万一A社が第三者から特許権侵害があったとして訴訟提起された場合、A社はB社に対し何ら求めることもできないまま、高額な賠償金の支払いなどを求められるおそれがあります。
なお、昨今は、パテントトロールと呼ばれる存在にも留意が必要です。パテントトロールとは、第三者から特許権を買い集めるなどしながら、自らは当該特許を利用した製造・販売等は行わず、実際に製造・販売している企業に対し、当該特許権侵害を訴え、多額のライセンス料を求めたり、巨額の和解金や損害賠償を請求してくる組織や企業のことです。
パテントトロールからの攻撃を完全に未然に防ぐことは事実上困難かもしれませんが、特許ライセンス契約を締結する際は、こうしたリスクもあることを認識しておくことが大切です。
そこで、特許ライセンス契約においては、ライセンサーに対し、「本件特許権Xの実施が第三者の権利を侵害しないことについて保証する」として、保証義務を求めることが最も有益です。
このように定めておけば、万一A社が第三者から権利侵害を訴えられた場合には、B社に対し、保証義務違反(契約違反)を問い、損害賠償を請求するなどし、A社の損害をB社にカバーしてもらうことが考えられます。
特許法改正(2020年施行)
さらに、2020年の特許法改正を受け、ライセンシーであるA社は、第三者からの特許権侵害の訴えを受けやすく、また賠償額が高額になるリスクが増したといえます。
以下に簡単に解説していきます。
~特許権侵害訴訟とは~
自らの特許権が侵害された場合、当該特許権者は、①侵害(侵害品の製造、販売等)の差止請求(特許法100条)、②損害賠償請求(民法709条、特許法102条)、③信用回復請求(特許法106条)をすることができます(民事の救済措置)。これらを請求するための訴訟を、特許権侵害訴訟といいます。
なお、この他に、故意の特許権侵害には刑事罰もあります(特許法196条)。
~特許法改正(2020年施行)~
改正点①:査証制度の創設
査証制度(特許法105条の2以下)とは、2020年特許法改正で新設された、証拠の収集手続きです。
特許権侵害訴訟を提起したのち、当事者が申し立て、一定の要件を満たせば、この査証制度を利用することができます。
当事者の申立てを受けて、裁判所が中立的な専門家(弁護士、弁理士などが想定されます。)に対して証拠の収集を命じ、中立的な専門家はこれを受けて、工場等に立ち入って調査したり、製造機械の作動、計測、実験等を行い、必要な資料を集めます。その結果を報告書としてまとめて裁判所に提出し、後に申立人が証拠としてこれを利用できます。
査証を受ける当事者は正当な理由なくこの調査を拒むことは許されません。応じない場合は、特許権者の主張が真実と認められてしまう、つまり、「侵害があった」と認定される可能性があります。
特許権侵害訴訟では、特許権者が、侵害者の侵害行為を立証する必要があります。査証制度新設前にも、侵害行為の立証をサポートするための制度はいくつかありましたが、ソフトウェア製品の特許権侵害、物の製造方法の特許権侵害などにおいては、既存の制度では、立証が困難であることが問題となっていました。
査証制度が新設されたことで、これまで侵害の立証が困難であった発明について、特許権侵害訴訟が増えることが予想されています。
本事例において、A社がB社からライセンスを受ける特許権Xは、「製造技術に関する特許」とのことですので、特許権侵害を訴える第三者にとっては査証制度は有効な証拠収集手段となる可能性があるでしょう。
改正点②:損害賠償額の算定方法見直し
特許法102条1項の改正により、 特許権侵害の被害者(特許権者)は、自らの生産・販売能力を超えた部分を賠償請求できることになりました。(従来は、 特許権侵害の損害賠償は被害者(特許権者)の生産・販売能力の範囲内に限定されていました。)
また、特許法102条4項が新設され、特許権侵害の被害者(特許権者)は、特許権侵害があったことを前提とした「ライセンス料」の相当額を賠償請求できることになりました。(従来は、特許権侵害による賠償金の請求を行う際には、ライセンス料相当額の損害額を請求できると規定されていましたが、その算定にあたっては、当事者間の具体的な事情を考慮した妥当な額とすべきと考えられていました。裁判例では、特許権者が許諾機会を失ったことや有効な特許権が侵害されたことなどを踏まえ、実際には、もっとライセンス料が高くなるにもかかわらず、 そのような事実が考慮されていないのではないか、ということが問題視されていました。)つまり、特許権侵害訴訟において、改正後は従来より高額な損害賠償額が認定される事案が出てくる可能性が高まることになります。
このように、2020年の特許法改正によって、ライセンシー(A社)は、第三者から特許権侵害を訴えられ、また、高額の損害賠償が認定されるリスクが高くなった可能性があるといえるでしょう。
そのため、ライセンシーであるA社は、「本件特許権Xの実施が第三者の権利を侵害しないこと」について、より一層留意することが必要です。
ライセンサーにどこまで要求できるか?
本事案では、ライセンサーであるB社は、「本件特許権Xの実施が第三者の権利を侵害しないことについて保証しない」としていますが、A社としては、上記事項を「保証する」と変更し、B社に保証義務を求めることが最も有益であると5-1にてご説明しました。
また、特許法改正により、A社が第三者から特許権侵害を訴えられるリスクが増していることは前述(5-2)のとおりです。
しかし、保証義務を求めても、ライセンサー(B社)からは、「第三者の権利を侵害しないことを保証することは事実上不可能であり、受け入れられない」と反論される可能性が高いでしょう。
なぜなら、第三者の特許権等の侵害の有無を確認するには、例えば「特許権Xにかかる技術が、他の特許発明を利用するものであるかどうか」などの調査が必要ですが、この調査は極めて専門的な判断が必要となるものが多く、契約交渉中に完璧に調査し尽くすことは事実上困難なことが多いためです。
そこで、A社の取れる対応策としては、B社に当該保証義務を求める代わりに、下記の事項を契約書にて定めることなどが考えられます。
①保証を限定し、「契約締結時に知り得る限り保証する」と規定する:
まず、保証する時点を、「契約締結時」に限定し、さらに、「知り得る限り」とすることで、一般的な調査によって分かる事項のみ保証する、と規定することが考えられます。
②「第三者から権利侵害の主張がなされた場合に、誠実に協力する」ことを義務とする:
万一、第三者から権利侵害についてクレームがついたり、権利侵害訴訟が提起されたりした場合に、ライセンサー(B社)には、ライセンシー(A社)が対応するために必要な資料等を提供するなど、誠実に協力することを義務とすることが考えられます。
その他には、第三者から権利侵害を訴えられた場合の損害について、一定の部分についてのみ、負担してもらうよう交渉することも考えられるでしょう。
いずれにしても、契約書作成、レビューの際には、このようなリスクがあることを双方が認識し、万一の場合の対応について契約書に明記しておくことが重要です。
おわりに
以上のように、特許ライセンス契約でライセンサーが、「本件特許権が第三者の特許権等を侵害していないことについて保証しない」としてきた場合には、保証義務を求めるか、交渉が難航する場合には、ライセンサーに一定程度の協力を求めることができるように規定しておくなど、契約書上で何らかの手当をしておくことが大切です。
今回のライセンサー(B社)の要望を一方的に受け入れることはリスクが大きく、また、逆に自社の言い分だけを主張するのでは交渉が進まなくなる事態になりかねません。
規定の仕方については、ライセンス料との兼ね合い、当該特許権の内容によるリスクの判断や、契約書上の他の条項との兼ね合いなど、総合的に検討・判断する必要があります。
必要に応じて、弁護士等の法律専門家に確認を依頼しながら契約書作成や契約審査(契約書チェック・契約書レビュー)を行うことをお勧めします。
※本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
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弁護士 小野 智博弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士。
慶應義塾大学環境情報学部、青山学院大学法科大学院卒業。企業法務、国際取引、知的財産権、訴訟に関する豊富な実務経験を持つ。日本及び海外の企業を代理して商取引に関する法務サービスを提供している。2008年に弁護士としてユアサハラ法律特許事務所に入所。2012年に米国カリフォルニア州に赴任し、 Yorozu Law Group (San Francisco) 及び Makman and Matz LLP (San Mateo) にて、米国に進出する日本企業へのリーガルサービスを専門として経験を積む。
2014年に帰国。カリフォルニアで得た経験を活かし、日本企業の海外展開支援に本格的に取り組む。2017年に米国カリフォルニア州法人TandemSprint, Inc.の代表取締役に就任し、米国への進出支援を事業化する。2018年に弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所を開設。世界市場で戦う日本企業をビジネスと法律の両面でサポートしている。
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