- 2024.02.14
ひとくちに著作権譲渡契約書といっても、譲渡対象がプログラムの著作権なのか、あるいはイラストや画像の著作権なのか、音楽の著作権なのかによって、入れるべき契約条項は異なります。契約書作成時に雛形をそのまま使用することは、実際の取引内容に合致しておらず、トラブルに発展してしまうリスクがあります。このような事態を防ぐために、個別の取引内容にあった著作権譲渡契約書を作っていくことが重要です。今回は、著作権譲渡契約書作成時に注意すべきチェックポイントを解説します。
目次
著作権譲渡契約書とは
著作権譲渡契約書は、著作権の譲渡や受け渡しに関する契約書です。著作権は、著作物を創作した者に発生する権利であり、その権利を第三者に譲渡する場合には、著作権法や著作者人格権に配慮しながら、譲渡する著作権の範囲や具体的な契約条件などを明確に定めた契約書を作成することが必要となります。
譲渡契約書作成の必要性
著作権譲渡契約書の作成は、口頭のみの契約ではあいまいな部分について、きちんと契約書を交わしておくことで、条件などの取決めが明確となり、トラブルを予防できるメリットがあります。著作者は、著作権を譲渡することで、著作物を利用する権利を第三者に提供することができます。そして、著作権を譲渡することで得られる対価は、著作者の収益源となります。
譲渡契約の形成プロセス
著作権譲渡契約の形成プロセスは、契約準備、交渉、締結、譲渡手続きという以下のような流れで進みます。
契約準備:著作権の譲渡範囲や条件などを明示するための譲渡契約書の作成準備を行います。
交渉:著作権の譲渡に関する条件や対価などを交渉し、合意に達します。
契約締結:合意した内容を著作権譲渡契約書にまとめ、関係者が署名・捺印を行って契約を締結します。
譲渡手続き:著作権譲渡契約書に基づいて、必要な場合には登録等の著作権の譲渡手続きを行います。
雛形利用の危険性
著作権譲渡契約書の作成にあたって、雛形を利用することは一つの手段ですが、具体的な取引内容に合わせて修正が必要な場合があります。
個別のリスク対応の課題
著作権譲渡契約書の雛形を利用する場合、譲渡対象の著作物に必要な重要条項が欠如していたり、その雛型が取引の内容に合っていなかったりと、個別のリスク対応が求められる場合があります。また、相手方の要望や条件に合わせた修正が必要な場合にも、雛形では対応できないことがあります。そのため、個別の取引内容に合わせたオリジナルの契約書を作成する必要があります。
著作権譲渡契約とトラブルの可能性
内容が不十分な状態で著作物を利用することになった場合、どのようなトラブルが予見されるでしょうか。
著作物を利用する譲受人側にとっては、必要な著作権が譲り受けられる内容となっていなかった場合や、譲り受けた後の利用方法に制限がある場合、譲渡を受けても、著作物を利用する価値を見出せません。
一方、譲渡人側は、自分が作成した著作物を譲渡したのに、譲受人が対価を支払ってくれない、色を変えられた、付け足されたなどといった、意図しない利用方法で使用され、トラブルになることが考えられます。
リスク回避のために知っておくべきこと
著作権譲渡契約書を作成する際には、以下のポイントを押さえることで、リスクを回避できる可能性が高まります。
譲渡権利の明確化
著作権は複製権、公衆送信権、上演権、演奏権、上映権、展示権、二次的著作物の利用権など、利用方法ごとに権利が細分化されていて、各権利のことを「支分権」といいます。著作権の譲渡では、すべての支分権を譲渡することも可能ですが、必要な支分権のみを譲渡することも可能です。著作権譲渡契約書では、著作権のうちどの権利を譲渡するのか対象を明確に記載するとよいでしょう。中でも、著作権法27条の権利(翻訳権、翻案権等)と28条の権利(二次的著作物の利用に関する原著作者の権利)を含めて譲渡をしたい場合には、その旨を契約書に明記しておく必要があります。著作権法61条2項では、これらの権利は、譲渡する対象に含まれていることを明記しなければ、譲渡の対象にならず、元の著作者に権利が留保されることが定められています。
著作者人格権の不行使特約
著作者には、著作権とは別に著作者人格権という権利が認められています。著作者人格権は、著作者だけが持つことができる権利で、譲渡したり、相続したりすることはできません。この権利の中には、著作物を公表するかしないかを決められる「公表権」、著作物を意に反して改変されたりしない「同一性保持権」、著作物を公表する際に、著作者名を表示するかどうかを決められる「氏名表示権」が含まれます。これらの権利が行使可能な状態にしておくと、著作物を譲渡された譲受人にとっては、その利用に不便が生じるため、行使しないように明記しておくことが重要です。
たとえば、イラストを加工したり、色を修正したりするなどの改変を加える際には、原則として、著作者の承諾が必要となります。また、著作者が一度は改変に承諾したものの、改変後に「自分がイメージしていたものと違うので元に戻してほしい」と言ってくる可能性もあります。既に改変したデザインにて大量の商品を準備していた場合、そのコストが全て無駄になってしまいます。そのようなリスクを避けるためにも、著作者人格権を行使しないという規定を定めることは極めて重要となります。
第三者の知的財産権を侵害していないことの保証
著作権の譲渡を受ける前提として、対象となる著作物が他人の著作権などの知的財産権を侵害していないことを保証してもらうことは、安心した取引を行う上で重要です。特に譲受人側の立場からは、譲り受けた著作物が第三者の知的財産権を侵害していると、著作物を利用できないことになってしまうため、この規定は重要です。著作権の侵害のある著作物を利用している場合、責任を追及されるのは譲受人です。このようなトラブルを予防するためにも、著作権譲渡契約書には、譲渡人側が、譲渡対象となる著作物について第三者の知的財産権を侵害していないことを保証する内容の契約条項を入れることが必要です。
著作権譲渡の登録
著作権の譲渡は、文化庁の「著作権登録制度」を利用して登録することで、法律上一定の効果が生じることになります。この登録をすることで、仮に著作権が二重譲渡されたとしても、第三者に対して権利を主張することが可能となります。著作権法77条1号では、著作権譲渡について登録をしていなければ、自分と同じように著作権の譲渡を受けたと主張する第三者に対して、自分が著作権者であることを主張できないことが定められています。このような事態を避けるためにも、譲受人側の立場としては、譲渡された著作権の登録に譲渡人が協力することを定める条項を入れておくとよいでしょう。
著作権譲渡契約書の記載事項
著作権譲渡契約書の主だった記載事項は、以下の通りです。次いで、個別の取引内容に合わせて必要項目を追加するとよいでしょう。
第1条(契約の目的)この契約書が何の著作権を譲渡するための契約であるかがわかるように記載します。
第2条(著作権譲渡の範囲)譲渡の対象となる著作権を明確にし、また、著作権法第27条及び第28条の権利が含まれるかどうかを記載します。
第3条(データの引渡し)著作権の譲渡を受けても、データの引渡しがあるかどうかは別となるため、データの引渡しを受けなければならないときは、データの引渡しについて記載します。
第4条(著作者人格権の不行使)譲受人側としては、著作者人格権を行使しないことについて記載する必要があります。
第5条(保証)譲受人側としては、「第三者の権利を侵害していないかどうか」という点については確実に確認ができないため、譲渡人側が、権利を侵害していないことを保証する内容を記載します。
第6条(譲渡代金と支払時期)著作権の譲渡代金や、支払い時期について記載しますが、無償譲渡の場合は、「譲渡代金は無償とする。」とここに記載します。
第7条(契約解除)譲渡代金が支払われない場合や譲受人が破産した場合など契約を解除する場合について詳細に記載します。
第8条(損害賠償)万が一、著作物が第三者の権利を侵害していた場合には、訴訟を起こされたり、企業へ損失がでることになるため、損害賠償について定めておく必要があります。
第9条(著作権譲渡の登録)譲渡された著作権の登録に譲渡人が協力することを定める条項を入れておき、文化庁の「著作権登録制度」を利用して登録をしておくと、二重譲渡の場合に第三者に権利を主張できます。
参考
文化庁のサイトには下記のようなわかりやすいマニュアルも掲載されているため、参考にするとよいでしょう。
【文化庁 著作権契約マニュアル】
https://pf.bunka.go.jp/chosaku/chosakuken/keiyaku_intro/chosakukenkeiyaku_manual.pdf
まとめ
著作権譲渡契約書の雛形をそのまま利用することは、譲渡される著作権の利用目的に合致しないリスクをはらんでおり、著作物の内容に応じて、契約内容の詳細化と精緻化が必要です。著作権の譲渡をする際には、あらかじめどの権利が譲渡対象となっているのかをよく整理し、すり合わせたうえで、譲渡契約書を正確に作成する必要があるでしょう。著作者人格権の不行使や、第三者の知的財産権の非侵害について保証を定めるなど、細部まで検討し、将来起こりうるリスクを回避するための規定を契約書に盛り込むことが大切です。
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弁護士 小野 智博弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士。
慶應義塾大学環境情報学部、青山学院大学法科大学院卒業。企業法務、国際取引、知的財産権、訴訟に関する豊富な実務経験を持つ。日本及び海外の企業を代理して商取引に関する法務サービスを提供している。2008年に弁護士としてユアサハラ法律特許事務所に入所。2012年に米国カリフォルニア州に赴任し、 Yorozu Law Group (San Francisco) 及び Makman and Matz LLP (San Mateo) にて、米国に進出する日本企業へのリーガルサービスを専門として経験を積む。
2014年に帰国。カリフォルニアで得た経験を活かし、日本企業の海外展開支援に本格的に取り組む。2017年に米国カリフォルニア州法人TandemSprint, Inc.の代表取締役に就任し、米国への進出支援を事業化する。2018年に弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所を開設。世界市場で戦う日本企業をビジネスと法律の両面でサポートしている。
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