- 2023.11.27
契約書で定める合意管轄条項(専属的合意管轄)とは、あらかじめ訴訟を提起する裁判所を契約当事者間で合意しておくことです。裁判所には地方裁判所や簡易裁判所があり、地方裁判所もさまざまな場所にあります。法定では当事者間の公平や便宜を考慮し裁判所に配分する原則を定めていますが、契約は民事訴訟に分類され、契約自由の原則と当事者間の合意が優先されます。そのため合意管轄条項を契約書に定めておくことは、契約書を締結する目的の中でも大変重要な意味があります。
どこの裁判所を定めていたかによって訴訟になって初めて思わぬ形で時間と費用がかかり、負担になる場合があります。訴訟に関するリスクを回避し、契約書に適切な合意管轄条項を定めるにはどのように記載したらよいでしょうか。今回は合意管轄条項の基礎知識と検討すべきチェックポイントについて紹介します。会社法務に従事する方は必見です。
目次
「合意管轄条項」とは
合意管轄条項とは、契約上の紛争が生じた場合において、その紛争に関する裁判手続をどこの裁判所で行うかを当事者間で合意し、契約書内に予め定めておく裁判管轄に関する契約条項のことです。契約書の一般条項として
「東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする」
と記載されていることが多いと思います。本稿では、前提となる裁判管轄の概要を説明した上で、契約書に定める合意管轄条項に記載すべき事項や法律上検討すべきチェックポイント、交渉のポイントを確認しながら解説していきます。
裁判管轄について
裁判管轄とは、ある事件に関する裁判手続をどの裁判所に担当させるかという裁判所間の事務分担のことをいいます。契約において合意管轄条項を定めない場合には、民事訴訟法の定めるところにより会社の住所地や適用される制度等に応じて管轄裁判所が決定されますので、裁判に関する事務手続や経済的・時間的負担を軽減するうえでも、合意管轄条項を契約書の条項として適切に定めることが重要になります。
民事訴訟法が定める裁判管轄には、職分管轄、事物管轄、土地管轄があります。
(1)職分管轄
国家の司法機関として裁判所が行うこととされている職務のうち、具体的にどの裁判所にどの職務を分担させるかという観点からの裁判管轄です。例えば、強制執行ならば執行裁判所、少額訴訟ならば簡易裁判所、離婚訴訟ならば家庭裁判所、といった具合です。
(2)事物管轄
第一審の裁判所を、地方裁判所あるいは簡易裁判所のいずれが担当するか、という観点から定められている管轄です。原則として、訴額が140万円を超える事件は地方裁判所の管轄、140万円を超えない事件は簡易裁判所の管轄とされています。ただし、不動産に関する訴訟は140万円を超えなくとも地方裁判所の管轄とされています。
(3)土地管轄
申し立てる事件と裁判所の所在地の関係に着目して定められている管轄です。原則としては被告が住んでいる地域に所在する裁判所が管轄裁判所となりますが、訴える事件の内容によっては、事件が起きた場所や訴訟の目的物の所在地を管轄する裁判所にも管轄が認められる場合があります。
専属管轄と任意管轄について
裁判管轄は、当事者の合意により法で定められた裁判所以外で裁判をすることが許されるか否かという強制力の有無という観点から、専属管轄と任意管轄とに分けることができます。
(1)専属管轄
専属管轄とは、公益上の必要性から、特定の事件については、それを専門的に扱う裁判所にだけ訴えることが認められている場合の裁判管轄です。例えば、前述の職分管轄は、公益の観点から定められているものですので、専属管轄とされ、当事者の合意があってもその管轄裁判所を変更することはできません。
(2)任意管轄
任意管轄とは、当事者の合意によって変更できる裁判管轄です。土地管轄や事物管轄がこれに該当します。当事者間の公平性を考慮して定められているものであるため、当事者の合意による管轄裁判所の変更が許されています。
本稿のテーマである契約書に定める合意管轄条項は、この任意管轄の変更に関する条項という位置付けになります。
合意管轄について
合意管轄とは、当事者の合意によって定めた裁判管轄のことをいいます。前述のとおり当事者による管轄裁判所の変更は、任意管轄の裁判所に限定されます。また、合意管轄の裁判所は、当事者が合意した範囲の事件についてのみ裁判を担当することができます。
法が定める裁判管轄に従って裁判をする場合において、遠方の裁判所で裁判が行われることになったときには、裁判所に出向くための時間確保や、交通費・宿泊費といったコストが発生することになります。これらの負担に加えて、顧問弁護士を代理人とし訴訟に移行する場合はもちろん、地域によっては現地の弁護士に事件処理を依頼するなど負担も増えることになります。そこで、万が一裁判となった場合における便宜をはかり労力やリスクを減らし、不測の事態に備えるために、合理的な裁判所を管轄裁判所とする合意管轄条項を契約書に定めておくことが重要となります。
合意管轄条項の定め方
合意管轄条項の定め方には押さえるべきポイントがあります。以下で述べる点に留意しながら検討し規定する必要があります。
専属的合意管轄と付加的合意管轄について
合意管轄には2つの方法があり、訴えを起こすことができる裁判所を、①特定の裁判所に限定させる方法と、②裁判所を増やす方法があります。前者①は専属的合意管轄といい、後者②は付加的合意管轄といいます。
専属的合意管轄は、合意した裁判所(専属的合意裁判所といいます。)以外に訴えを起こすことはできなくなりますが、契約で合意していない裁判所には訴えが起こされる心配がない点がメリットとなります。
付加的合意管轄は、法が定める管轄裁判所に加えて、合意した裁判所への訴えを可能にするもので、提起する側としては訴えを起こせる裁判所を増やせる点にメリットがあります。ただし、訴えを提起できる裁判所が複数あることゆえの不確実性は依然として残る点に注意が必要です。
上記2つの方法について、ビジネスにおいては取引における不確定性を減らすことが重視されますので、契約書に規定する合意管轄条項は、通常①の専属的合意管轄を定めることが一般的です。
合意管轄条項の記載事例
合意管轄条項で表明する内容には、次の4種類が挙げられます。
① 第一審の合意管轄である旨
②本契約に起因した一定の法律関係に基づく対象の裁判である旨
③専属的合意管轄とする場合はその旨
④合意管轄の対象となる裁判所
ここで注意しておきたい点は、適用対象となる紛争やその解決手段を特定して定めなければならない点です。例えば、合意管轄条項の紛争の対象を、「甲乙間に生じる一切の紛争」というように広範に定めますと、対象となる紛争が特定されていないとして、合意管轄条項が無効とされるリスクがあります。そのため、例えば「本契約に関する一切の紛争」というように、対象を特定して記載することが重要となります。
また、取引に関する紛争解決手段として調停手続を予定している場合には、例えば「本契約に関する一切の紛争(裁判所の調停手続きを含む)」というように記載して、調停手続も含めることが考えられます。
さらに、専属的合意管轄裁判所を設定する場合には、「●●裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。」というように専属的である旨を契約書面に明確に記載しておく必要があります。これが抜けている場合には、付加的合意管轄と判断され、想定外の裁判所への提訴を許すリスクがありますので、十分に注意してください。
記載事例
第●条( 合意管轄 )
甲および乙は、本契約に関する一切の紛争について、●地方裁判所のみを第一審の専属的合意管轄裁判所とすることに合意する。
第●条(裁判管轄)
本契約に関し裁判上の紛争が生じたときには、 甲の本店所在地を管轄する地方裁判所または簡易裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
第●条 (管轄裁判所)
本契約および個別契約に関する訴訟については、訴額に応じて●地方裁判所または●簡易裁判所をもって第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
第●条(準拠法と合意管轄)
本契約及び個別契約の準拠法は日本国法とし、甲乙間に紛争が生じた場合は、東京地方裁判所を訴訟における第一審及び調停にかかる専属的合意管轄裁判所とする。
第●条(準拠法及び裁判管轄)
1 本契約は、日本法を準拠法とし、日本法に依って解釈される。
2 本契約に関する一切の紛争は、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とする。
合意管轄条項を定めておくべき取引
合意管轄条項を契約書に定めるか否かは任意ですが、次のような取引においては、定めないことによる影響が多いと見受けられ、契約書に合意管轄条項を定めておくことが有益です。
遠方に本店所在地がある顧客との取引
遠方にある取引先との間で取引上の紛争が生じた場合、契約書に合意管轄条項を定めていないと、先方の所在地を管轄する裁判所で裁判を行うことになる可能性がありますので、前述した時間的・経済的負担の発生が予想されます。そのため、取引先が遠方の場合には、契約書の合意管轄条項、自社からアクセスしやすい裁判所を専属的合意管轄裁判所と指定しておくことが考えられます。
不特定多数の顧客との取引
利用規約等を用いて多数の顧客と定型的な取引を行う場合、顧客の所在地は顧客毎に異なりますので、法の定める裁判管轄に従うと、裁判所対応が煩雑となるおそれがあります。そこで、利用規約等に合意管轄条項を設けて、合理的な、あるいは自社にとって都合の良い裁判所を専属的合意管轄裁判所として指定しておくことが考えられます。ただし、BtoC取引については消費者契約法第10条違反を理由に専属的合意管轄条項が無効とされるリスクがありますので注意が必要です。また、海外取引においては、国によっては居住する消費者にとって不利益な定めは、消費者保護の観点からそもそも無効とされるなど、日本の制度や法律上とは異なる可能性もありますので注意が必要です。なお、そのような場合であっても原則を明記することには意味がありますので、契約書には必ず合意管轄条項を定めておくことをおすすめいたします。
裁判所による移送について
合意管轄条項において専属的合意管轄裁判所を指定していたとしても、裁判所は、諸事情を考慮のうえ、訴訟の著しい遅滞を避け、又は当事者の衡平を図るため必要があると認めるときには、他の裁判所に移送される可能性がある点には注意が必要です(民事訴訟法第17条)。考慮される事情としては、証拠調べの時間・手間の有無や、当事者の健康状態や経済的事情、交通の便、代理人の有無などが挙げられます。
合意管轄条項の交渉ポイント
契約の合意事項について、全てを自社に有利にすることは困難ですので、合意管轄条項についても交渉が必要になる可能性もあります。契約内容のバランスを見て会社の戦略や方針を確認しながら優先順位をつけていきましょう。優先度の低い項目は譲歩しつつ、合意管轄条項にかかる規定については合理的な落としどころを模索し進めるよう交渉するとよいでしょう。ビジネスが展開される場面に応じて、あらかじめ仲裁機関を立てておく方法もあります。
自社の契約書を用いること
契約書は出来る限り、自社で作成したものを渡すようにしましょう。ただし、取引の内容によっては専門的知識を必要とする場合もありますので、影響の範囲やかかる効力、予期しないトラブルを未然に防ぐために専門家のアドバイスを受けながら作成することが大切です。
取引先が提示した契約書を利用する場合の注意点
どちらか一方にのみ有利・不利となるような定め方では、良好な取引関係の構築は難しくなります。
継続的な取引をすることがお互いのビジネスにとって望ましいことだということを踏まえ、公平な内容であることが取引相手にとっても有益であるということを掲示し、お互いに公平な内容で合意することがのちのトラブルを防ぐために大切なことになります。例えば、自社に不利な裁判所が管轄裁判所に指定されている場合には、代替案として、双方がアクセスしやすい地域の裁判所や代理人の選択肢が豊富な都市部に所在する裁判所を提案することも考えられますし、法が定めるデフォルトルールに立ち戻ることを提案することも選択肢の一つと考えます。
まとめ
合意管轄条項を契約書に適切に規定することで、万が一裁判になったときに無駄な費用や時間をかけずに裁判手続きを進めることができ、紛争の円滑な解決に大きく貢献することが見込めます。契約書作成にあたっては、紛争化の事態を想定して問題点の整理をした上で、可能な限り契約書案を自社で作成し、相手方に提案しましょう。自社優位にイニシアティブを持って提案する契約書案を交渉のベースとすれば、その後のビジネスを有利に進めることができます。実際の契約書の作成には専門的知識が必要ですので、「このような場合はどうなるのか?」といった個別の疑問点や文言、規定の仕方や法改正対応その他の関連情報については、弁護士等の専門家に相談することをおすすめいたします。
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弁護士 小野 智博弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士。
慶應義塾大学環境情報学部、青山学院大学法科大学院卒業。企業法務、国際取引、知的財産権、訴訟に関する豊富な実務経験を持つ。日本及び海外の企業を代理して商取引に関する法務サービスを提供している。2008年に弁護士としてユアサハラ法律特許事務所に入所。2012年に米国カリフォルニア州に赴任し、 Yorozu Law Group (San Francisco) 及び Makman and Matz LLP (San Mateo) にて、米国に進出する日本企業へのリーガルサービスを専門として経験を積む。
2014年に帰国。カリフォルニアで得た経験を活かし、日本企業の海外展開支援に本格的に取り組む。2017年に米国カリフォルニア州法人TandemSprint, Inc.の代表取締役に就任し、米国への進出支援を事業化する。2018年に弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所を開設。世界市場で戦う日本企業をビジネスと法律の両面でサポートしている。
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