- 2022.06.21
建物や土地、機械などの物を賃貸する場合「賃貸借契約書」を作成しましょう。
契約書がないと有効にならない賃貸借契約もありますし、そうでないケースでも書面で契約内容を明らかにしておかないとトラブル発生の原因になるためです。
本稿では、賃貸借契約に盛り込むべき事項や賃貸借契約の種類、契約書作成の際の注意点を解説します。
賃貸借契約とは
賃貸借契約とは、貸主が借主へ物を貸し出し、借主が貸主へ料金を払うことを約束する契約です。
賃貸借契約の特徴は、「賃料」が発生する点です。物を貸し出しても賃料が発生しなければ「使用貸借」という別の契約類型となります。賃貸借契約の場合、必ず「有償」となります。
一般に身近な賃貸借契約としては、建物や土地を目的とするものを思い浮かべやすいでしょう。ただし賃貸借契約は不動産を対象にするものだけではありません。企業間取引では機械や自動車などの動産類を賃貸するケースもよくあります。
賃貸借契約書が必要な理由
賃貸借契約を締結する際、法律上は基本的に契約書が必須ではありません。契約書を作成しなくても有効に賃貸借契約が成立します。
ただし以下の理由により、必ず契約書を作成しておくべきです。
賃貸借契約書作成の目的
賃貸借契約において契約書を作成する目的をみてみましょう。
契約に関するルールを明確にする
賃貸借契約を締結する際、当事者が事前に協議してさまざまな条件をとりまとめるものです。契約書がなかったら、すべてを記憶しておくことは困難ですし、
貸主と借主との間で認識の齟齬が発生するケースもよくあります。
当初の段階で特約も含めて契約書で明らかにしておくと、賃貸借契約に関するルールを明確にできます。無用なトラブルを防ぐために賃貸借契約書を作成しておくことが重要です。
トラブルになったときの証拠になる
賃貸借契約では、契約締結後にトラブルになってしまうケースもあります。
たとえば借主が用法違反の使用方法をしたり、貸主が必要な修繕をしなかったりする場合、借主が賃料を払わないトラブルなどは珍しくありません。
トラブルが起こったら、相手方に対して請求を行い、あるいは裁判をしなければならないケースもあります。しかし、賃貸借契約書がなければ、契約の存在や相手方の契約違反を証明できません。
契約書があれば、後に相手方が契約違反行為をした場合にも、証拠として契約書を使用することにより、スムーズに解決しやすくなります。
契約書がないと成立しない賃貸借契約もある
ほとんどの賃貸借契約は契約書を作成しなくても成立しますが、中には契約書がないと成立しないタイプの賃貸借契約もあります。
典型的には「借地借家法」が適用される定期賃貸借契約です。
定期借地権や定期借家権を設定する際には、必ず書面を作成しなければなりません。
口約束では普通賃貸借契約になってしまうので、契約書の作成は避けられないのです。
なお、定期借地権や定期借家権にすると、契約期間が満了したときに更新されません。正当事由がなくても貸主が必ず土地や建物を取り戻せるメリットがあります。
賃貸借契約書を作らないリスク
賃貸借契約書を作成しない場合のリスクをまとめると、以下のとおりです。
- 相手が契約内容を守らなくても解除、損害賠償請求や差止めが難しい
- 裁判を起こしても負けてしまう可能性が高い
- トラブルが発生しやすくなる、スムーズに解決できなくなる
- 定期借地権や定期借家権が無効になり、普通賃貸借契約扱いとなってしまう
賃貸借契約書内に含むべき項目
次に賃貸借契約書へ盛り込むべき事項をみてみましょう。
目的物
賃貸借契約では、目的物の特定が極めて重要です。
何を賃貸するか決まらなければ、そもそも賃貸借契約自体が成立しません。
たとえば不動産を賃貸する場合には「不動産登記簿謄本(全部事項証明書)」の「表題部」に書かれている内容をそのまま引き写しましょう。住所表示とは異なるので、間違えないように注意が必要です。
機械などの動産を賃貸する場合、製品名や型番、製造番号などを記載して目的物を特定しましょう。
賃貸の期間や更新について
契約期間について
賃貸借契約では、期間を定めるケースが多数です。たとえば建物の賃貸借契約の場合、2年とするのが慣例ともいえる状態になっています。
賃貸借契約の期間は基本的には当事者同士で話し合って定めるとよいのですが、借地借家法の強行規定に反すると無効になってしまうので注意しなければなりません。
たとえば「1年未満」の普通建物賃貸借契約を締結すると「期間の定めがない契約」扱いになってしまいます。一方、定期借家契約であれば1年未満の期間も有効です。
更新について
契約期間の更新についても定めておきましょう。そもそも更新できるのか、更新の際の通知方法や自動更新の有無なども明らかにすべきです。
なお借地借家法が適用される場合、賃貸借契約は「更新が原則」となります。
契約期間の満了時に貸主が更新を拒絶しても、正当事由がなかったら契約が存続してしまうからです。
貸主が契約期間満了時に物件を確実に取り戻したい場合、定期借地、借家契約を利用しましょう。
契約の目的や用途
賃貸借契約では、対象物の使用方法や用途を制限するケースもよくあります。たとえばシングル向けのワンルームマンションの賃貸借契約の場合「単身居住」という制限をつけるでしょう。勝手に同居人と暮らしたり事業用に使ったりすると、用途違反になります。
ところが契約書で用法や目的を定めなければ、借主が勝手に同居人と暮らしても貸主は文句をいえません。用法や目的を制限する場合には、必ず契約書へ盛り込みましょう。
賃料
賃貸借契約において、賃料の定めは必須です。賃料の定めがなければ相手が払わなくても請求できませんし、「使用貸借」という別の契約になってしまいます。
金額や支払い方法、支払い時期についての取り決めをして、必ず契約書に盛り込みましょう。
金額
賃料の金額については「月額○○万円」など円単位で明確化して、共益費についても定めましょう。「月単位なのか日割計算するのか」「前払いとするのか」なども明記すべきです。
支払い方法
支払い方法も明確化しましょう。賃料は銀行振込とするケースが多数ですが、クレジットカードや信販会社を通じた引き落としとするケースもあります。状況に応じた支払い方法を記載しましょう。
銀行振込とする場合には、振込手数料の負担についても定めておくべきです。
支払時期や期限
一般的な賃貸借契約では賃料は「前払い」として、毎月指定された日に借主が貸主へ翌月分の賃料を支払うケースが多数となっています。ただし民法上は、賃料を毎月末に払う「後払い方式」が規定されています(614条)。
前払い方式をとるなら、契約書で明らかにしておかねばなりません。
賃料の増減額に関する事項について
借地借家法では、土地や建物の賃料を「増減額請求」できると定められています。
長い契約期間において、いったん定めた賃料が経済状況等によって不相当となってしまうケースも多いためです。
ただし貸主からの賃料の減額請求は特約で排除できます。
一方、借主からの賃料増額請求は特約があっても排除できません。
さらに借地借家法が適用されない契約であれば、賃料の増減額請求について当事者が自由に取り決められます。
賃貸借契約書作成の際には、経済事情の変動により賃料の増減額ができるようにするのかどうかなども話し合って合意した内容を契約書へ盛り込みましょう。
無断転貸、無断譲渡などの禁止
賃貸借契約では、さまざまな禁止行為を定めるケースもあります。
典型的な禁止行為は無断転貸や賃借権の無断譲渡です。
借主が勝手に第三者へ物件を使わせたり、賃借人の地位を譲ってしまったりすると、貸主にとって予測不可能な損害が発生する可能性があるので厳しく禁止されます。
そもそも賃貸借契約では、貸主は借主個人を信頼して物件を貸しているのであり、誰が使用するかは非常に重要な事項といえるでしょう。そこで借主は無断転貸や譲渡ができないとされており、万一そういった事情があれば貸主は契約を解除できます。
その他にも、貸主の承諾を得ない物件の改造や原状変更、ペットの飼育などを禁止するケースもよくあります。後のトラブルを避けるため、話し合って納得した上で禁止事項を設定しておきましょう。
賃貸借契約書を作成する際には、法律に関する知識が必須です。気づかずに強行規定に反する内容を盛り込んでしまうと効果が発生しません。
借地借家法が適用されるかどうかでも、契約書作成時に意識すべき内容が大きく変わってきます。安全に契約を締結するためにも、事前に専門家による審査を受けておきましょう。
賃貸借契約書を作成する際のポイント
賃貸借契約書を作成する際には、以下のポイントを意識してください。
法律の定めを確認する
まずは法律の規定内容を確認しましょう。
賃貸借契約に適用される法律は、主に民法と借地借家法です。
対象物が建物や土地の場合には、民法だけではなく借地借家法による修正内容も確認しておかねばなりません。
借地借家法には借主保護のための強行法規が多数含まれています。法律違反の内容を定めても無効になってしまうので、意味がありません。
まずは法律上のルールを確認したうえで、適正な契約内容を定めましょう。
内容を精査し、納得してから署名押印する
賃貸借契約書を作成する際、相手方や間に入った不動産会社からできあがった書面を渡されて署名押印を求められるケースもよくあります。
署名押印する前に、必ず契約書の内容をよく読んで理解しましょう。
たとえば予想外の特約がつけられていたり、契約目的が制限されていたりする可能性もあるからです。目的物の転貸や譲渡ができる余地があるのか、どのような方法で貸主の承諾をとればよいのかなども、契約書を見ないとわかりません。
内容をよく理解しないまま署名押印して効力が発生すると不利益も大きくなるので、全体を見わたして十分に納得してから署名押印しましょう。
契約書の保管方法と期限について
賃貸借契約は通常2通作成し、貸主と借主が1通ずつ所持するものです。
基本的には作り直しはしないので、受け取ったら大切に保管しましょう。
万一なくしてしまったら、相手方へ通知してコピーをもらうか、改めて作成してもらうようにお願いしましょう。
保管期限については、法律上の定めがもうけられている場合があります。
不動産会社の場合には「決算日から5年間」事業所で保管しなければなりません。
株式会社の場合、事業に関する重要情報であれば10年間保管し続ける必要があります。
一般の個人の場合には保管期限はありませんが、最低限契約が継続している間は保有し続けるべきですし、契約後もトラブルが生じる可能性があるのでしばらくは保有するのが良いでしょう。
契約の種類を意識する
賃貸借契約では、借地借家法が適用されるかどうかで盛り込むべき事項や盛り込める内容が大きく変わってきます。
たとえば期間の定めや賃料の増額請求、定期借地・借家権の定めなどについては民法による原則が修正されています。
また借地借家法が適用される契約にも「普通賃貸借契約」と「定期賃貸借契約」の2種類があります。土地か建物かによっても適用される内容が変わってきます。
対象物に借地借家法が適用されるか、定期借地借家契約となるのか、土地化建物なのかなどによって賃貸借契約内容が大きく変わってくるので、契約の種類を意識して契約書の作成過程にかかわりましょう。
賃貸借契約書の書き方で注意すること
賃貸借契約書を作成するときには、以下の点に注意する必要があります。
強行規定に反してはならない
賃貸借契約書を作成する際には「強行規定」に注意が必要です。
強行規定とは、その内容に反する条項を作っても無効になってしまう法律上のルールです。
たとえば「普通建物賃貸借契約で貸主側による契約更新拒絶や途中解約に正当事由は不要」と定めても意味がありません。
貸主は正当事由がないと契約更新を拒否したり解約したりできないのです。
間違って強行規定に反する内容を定めてしまわないように注意しましょう。
公正証書にすべきかどうか
賃貸借契約書を公正証書にすべきかどうかも問題となるケースがあります。
法律上、「事業用の定期借地契約」を締結するには、必ず公正証書で賃貸借契約書を作成しなければなりません。
それ以外の一般的な定期借地契約や定期借家契約では、公正証書は不要ですが書面による契約でなければ効果が発生しません。
公正証書を作成しておくと、支払い義務者が約束とおりに支払わないときにすぐに差し押さえができる、公証役場で原本が保管されるので紛失の危険がなくなるなどのメリットがあります。
特に個人間で賃貸借契約書を作成するなら、公正証書の特徴をふまえた上で公正証書化するかどうかを判断しましょう。
特約について
賃貸借契約では、当事者間で話し合ってさまざまな特約をつけるケースもよくあります。
たとえば用法を限定するなどです。
法律上の規定と異なる特約を定めたい場合、一見してわかるように記載しないと後にトラブルになったときにルールがわからなくなる可能性があります。署名押印前に、話し合って取り決めた特約の内容がきっちり盛り込まれているかどうか確認しましょう。
住所について
賃貸借契約書作成の際「借主の住所」にどこの住所を書けば良いのか迷われる方もおられます。
借主の住所欄には「賃貸物件に入居する前の住所」を記入しましょう。
契約時にはまだその物件に入居していないからです。
認印か実印か
賃貸借契約書を作成するとき、「認印か実印のどちらを使うべきか」迷われる方もおられます。
基本的にはどちらであってもかまいません。そもそも契約書がなくても契約自体は成立するので、認印でも実印であっても効果は変わらないのです。
ただし信用性を維持するため、実印を用いるべきケースはあります。たとえば特優賃貸物件など行政から補助が出る場合などには実印を求められるケースがよくあります。
連帯保証人をつける場合にも、保証人の実印と印鑑証明が必要となる場合が多数です。
印紙について
賃貸借契約書に印紙を貼るべきかどうかも対象物によって異なります。
一般的な機械などの物品を賃貸借の目的にする場合、印紙税はかかりません。
一方、土地や地上権の賃貸借契約には印紙税がかかります。
印紙代がかかる課税文書となるかどうかは、最終的に契約書の内容によって判断されます。
納付しなければ加算税がかかるリスクも発生するので、不明な点があれば放置せずに専門家に相談しましょう。
契約書作成時には専門家によるチェックが重要
賃貸借契約書を作成する際には、法律に関する専門知識が必要です。
自己判断で契約書を作成してしまうと、後に思わぬ不利益が及ぶ可能性があるのでおすすめできません。
安全に契約を締結するには、事前に専門家によるチェックを受けておくべきです。
署名押印してしまう前に、企業法務や契約書作成に詳しい専門家に相談をしてレビューを受けましょう。
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弁護士 小野 智博弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士。
慶應義塾大学環境情報学部、青山学院大学法科大学院卒業。企業法務、国際取引、知的財産権、訴訟に関する豊富な実務経験を持つ。日本及び海外の企業を代理して商取引に関する法務サービスを提供している。2008年に弁護士としてユアサハラ法律特許事務所に入所。2012年に米国カリフォルニア州に赴任し、 Yorozu Law Group (San Francisco) 及び Makman and Matz LLP (San Mateo) にて、米国に進出する日本企業へのリーガルサービスを専門として経験を積む。
2014年に帰国。カリフォルニアで得た経験を活かし、日本企業の海外展開支援に本格的に取り組む。2017年に米国カリフォルニア州法人TandemSprint, Inc.の代表取締役に就任し、米国への進出支援を事業化する。2018年に弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所を開設。世界市場で戦う日本企業をビジネスと法律の両面でサポートしている。
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