- 2022.02.14
事業を行うにあたり従業員を雇用する場合、各従業員と使用者は雇用契約を締結することになります。
雇用契約書の基本知識や雇用契約書と労働条件通知書の違い、記載事項や作成過程において注意しておきたい内容を解説します。
目次
雇用契約書の概要や労働条件通知書との違い
企業側では、雇用する際に雇用契約書を個別に作成するのではなく、労働条件通知書の交付と就業規則の提示をもって、雇用契約書の作成に代えている場合も多くあります。もっとも、就業規則は会社と全ての就業者との共通の労働条件を定めたものにすぎず、また労働条件通知書には個別的な労働条件が記載されているものの雇用契約書のように法的拘束力が発生するものではないため、このような対応をしてしまうと、各従業員の個別の事情を法的に反映させることは難しいというデメリットがあります。
今回は、一般的な就業規則が作成されている場合における、雇用契約書作成時に注目すべきポイントをみていきます。
雇用契約書は事業主と就業者の間で交わす契約書となります。通常は2部作成し、署名・捺印後に事業主と就業者がそれぞれ保管することになります。
一方、労働条件通知書は、事業主から就業者に個別的な労働条件を通知するものとなります。労働基準法第15条はこのような労働条件の明示を絶対的明示事項(詳しくは、後述(本稿2)をご参照ください。)として定めており、これらの事項が記載された労働条件通知書が未発行の場合、労働基準法第120条により、使用者に30万円以下の罰金が科せられることになります。
現在の実務では、労働条件を明示するために、労働基準法第15条1項が定める「使用者が就業者に明示すべき項目」を雇用契約書の中に記載しておくことが一般的となっており、雇用契約書と労働条件通知書をひとつにまとめて作成・運用する企業も増えています。
就業規則との関係
就業規則が作成されている場合、個別の就業者との労働契約の内容は就業規則にて定められた内容よりも良好なものであること(、つまり就業者に有利であること)が必要であり、個別の労働契約が就業規則に劣る場合には、労働契約法第12条により、その部分は無効となり、就業規則の基準まで上方修正することになります。
したがって、各就業者と個別の条件を含めて、雇用契約書の内容が、就業規則の条件に見合っているかの確認が必要になります。
雇用契約書・労働条件通知書の明示事項
絶対的明示事項とは、明示すべき労働条件のうち特に重要な項目をいい、昇級に関する事項を除き、必ず書面により通知する必要があります(労働基準法施行規則第5条1項1号~4号、3項、4項)。なお、就業者において通知内容が明確に理解できるものである限り、その記載様式は問われません。
具体的な項目は、以下の通りとなります。
- 労働契約期間(期間の定めのある労働契約の場合、更新に関する事項を含む)
- 就業場所
- 業務内容
- 始業時刻と終業時刻
- 所定労働時間を超える労働の有無
- 休憩時間
- 交替制勤務
- 休日・休暇
- 賃金計算方法・支払日
- 退職(解雇に関する事項を含む)
- 昇給(必ずしも労働条件通知書による明示でなくてもよく、就業規則の交付などでも足りる)
就業場所・業務内容
就業場所について転勤の可能性がある場合には、その内容を雇用契約書の中で明示しておく必要があります。この点、「業務内容の場合によっては就業場所が変更できる」などの就業規則の記載をもって、転勤に対応することも多いですが、この場合「就業場所」の内容が不明確であり、変更先の就業場所が事業所内かそれとも事業所外(転勤)かをめぐりトラブルが発生するおそれがあります。例えば、同一企業内で転勤の可能性が有る就業者と無い就業者の両方がいる場合には、該当する就業者に転勤を命じることができることを明らかにするためにも、個別の労働契約書に転勤を命じることができる旨を記載・説明しておくことで、転勤について個別に同意を得ておくことが重要になります。
なお、仮に就業規則の中に転勤可能性があることについて明確に記載されていたとしても、個別の労働契約において異なる合意がされる場合には原則としてそちらが優先されます(労働契約法第7条)。そのため、このような場合であっても転勤の必要があるときには、個別の労働契約締結の際にもその旨を記載・説明したうえで、就業者からの同意を得ることをお勧めします。就業場所の変更(特に転勤)に関する判例の中では、個別の労働契約の内容について、合意に至った経緯(やり取りを含む)や、就業者の当時の状況なども考慮されているため、万が一のトラブルに備えて、これらの事柄についても念のために記録・保存しておくことも有用であること、あわせてご留意いただければと思います。
また、個別の労働契約書には、業務内容の変更を命じることができる旨についても記載しておくべきです。業務内容の変更である配置転換は、会社の事業内容の変更や業績の変化など、様々な理由によってどの就業者にも起こりうるため、慌てることのないよう事前に確認しておくとよいでしょう。
従事すべき業務内容については、個別の業務内容ごとに可能な範囲で具体的に記載することが求められます。例えば、管理監督者に該当すれば、深夜割増は必要ですが、労働時間の制約を受けないことから、就業者こちらに該当する場合であれば、管理監督者であることを明示することが必須となります。また、定められた業務内容が就業者の業務査定や能力不足による懲戒・解雇の判定の基準になることから、就業者と企業との間に認識の違いが出ないように詳細な記載が必要になります。
就業時間・休憩
就業時間(始業時刻、終業時刻、休憩開始・終了時刻)についても具体的な時間を明示する必要があります。
なお、一日8時間又は週40時間を超えて労働を命じる場合は(残業命令)、労使間での36条協定の他、就業者との間の契約上の根拠が必要ですので、就業規則がない場合には個別の契約書において、業務上の必要がある場合には残業を命じることができる旨を記載するようにしましょう。
休日
休日に関するものも、労働条件として必ず就業者に明示しなければならない事項です。よくある休日の運用方法には、振替休日(事前に休日と労働日を入れ替えること)や代休(休日に労働させた後に別の労働日を休日に指定すること)があります。これらを行うには就業規則に記載のない限り、就業者との個別の同意が必要になるため、あらかじめ契約書に記載しておくと良いでしょう。
固定残業代に関する規定
固定残業代とは、現実の時間外労働の有無や長短にかかわらず、一定時間の残業を想定したうえで、その時間に対応する残業代を固定して月給に上乗せして支払う方法を指します。
固定残業代制度を採用している場合に、それが有効であるために下記2点が必要になります。
- 残業代(割増賃金)部分と基本給部分が明確に区分されていること
- 当該月の残業代が固定残業代を上回っている場合は差額を支払う合意と実態(運用)があること
また、固定残業部分について法定もしくは就業規則で定められた割増率を下回ることは当然許されません。これらの要件を満たすためには、就業者が自身で、「何時間分」の残業代として「どれだけの額」が支給されているのか、つまり割増率を下回っていないかや当該月の残業代として未払いがあるか否かの判断ができるようなかたちで記載することが大切になります。
したがって、固定残業代を採用する場合は、当該就業者の固定残業代に関する対象時間と具体的な金額を明記し、当該就業者の同意を得ておく必要があります。具体的には、雇用契約書に固定残業代とされる部分について何時間分の時間外労働として算定されているのか、例えば、「20時間分の時間外労働として3万円を支給する」などというかたちで記載しておくことが挙げられます。
雇用契約書の作成方法と注意点
雇用契約書を作成するにあたり、まずは対象者に合わせた様式で準備します。
雇用契約を結ぶ従業員は、正社員だけではありません。パートタイムやアルバイトも対象となり、雇用契約書 兼 労働条件通知書を作成する必要があります。契約書 兼 労働条件通知書に記載する内容は、雇用形態に応じてそれぞれ記載するため注意が必要です(例えば、契約社員の雇用において更新の予定がある場合には更新基準に関する事項を記載したり、パートタイマーの雇用の場合には固定制やシフト制などの具体的な事情に対応するかたちで勤務日時・時間を記載するなどが挙げられます)。
雇用契約書 兼 労働条件通知書の対象者
契約書が必要となるのは下記の就業者です。
- 正社員
- 契約社員
- パートタイム・アルバイト
労働条件別契約書注意点
<正社員>
先に述べたように転勤の可能性がある場合には、「全国の支店へ転勤を命ずる場合がある」など自社の必要に応じた追記が必要です。また、契約時点で「配置転換によりその他の業務を命ずる場合がある」と追記することで、将来において業務範囲が変更となった場合に備えることができます。
<契約社員>
正社員と大きく違うのは契約期間と契約更新の有無となります。
契約更新の可能性がある場合には、更新基準を明示することが必要です。
なお、契約を更新する際には、労働条件を変更しない場合であっても、新たな雇用契約の締結が必要なこともあわせて理解しておきましょう。
<パートタイム・アルバイト>
パートタイム・アルバイトであっても、その契約期間の有期・無期を関わらず、絶対的明示事項を記載することが法律上義務付けられており、また雇用当事者間でのトラブルがないよう相対的明示事項についてもあわせて記載しておくこと必要があります。
相対的明示事項の例としては、企業側が定めたルールの範囲で、職業訓練の受講に関してや制服や作業用品に労働者の負担分がある場合の記載などが挙げられます。
<試用期間>
採用までの試用期間(一般的には3ヶ月前後が多いです)である場合、試用期間の開始日と終了日、試用期間中の賃金を記載します。また、就業規則上の解雇事由に該当した場合など、正式採用を見送る可能性についても解雇事由(無断欠勤など)として追記しておくことをお勧めします。
なお、試用期間が不当に長く設定される場合には無効とされるリスクがあることにも、ご留意ください。
まとめ
本記事では、就業規則が作成されている場合の雇用契約書のポイントについて取り上げました。個別の就業者との事情により記載すべき事項や注意するポイントは異なります。労働トラブルにおけるリスクを軽減するためにも、専門家による事前のチェックをお勧め致します。
ファースト&タンデムスプリント法律事務所では、弁護士によるご相談やリーガルチェックのご依頼をお受けしておりますので、いつでもお問い合わせください。
※本稿の内容は、2021年12月現在の法令・情報等に基づいています。
本稿は一般的な情報提供であり、法的助言ではありません。正確な情報を掲載するよう努めておりますが、内容について保証するものではありません。
執筆者:弁護士小野智博
弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所
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弁護士 小野 智博弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所 代表弁護士。
慶應義塾大学環境情報学部、青山学院大学法科大学院卒業。企業法務、国際取引、知的財産権、訴訟に関する豊富な実務経験を持つ。日本及び海外の企業を代理して商取引に関する法務サービスを提供している。2008年に弁護士としてユアサハラ法律特許事務所に入所。2012年に米国カリフォルニア州に赴任し、 Yorozu Law Group (San Francisco) 及び Makman and Matz LLP (San Mateo) にて、米国に進出する日本企業へのリーガルサービスを専門として経験を積む。
2014年に帰国。カリフォルニアで得た経験を活かし、日本企業の海外展開支援に本格的に取り組む。2017年に米国カリフォルニア州法人TandemSprint, Inc.の代表取締役に就任し、米国への進出支援を事業化する。2018年に弁護士法人ファースト&タンデムスプリント法律事務所を開設。世界市場で戦う日本企業をビジネスと法律の両面でサポートしている。
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